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グリンドルの悪夢/P.クェンティン

The Grindle Nightmare/Q.Patrick

1935年発表 武藤崇恵訳 ヴィンテージ・ミステリ(原書房)
「それでは、犯人は一人だと思っているのか?」
「それ以外に考えようがないんだよ、スワンソン先生。(中略)同時に二カ所に現れることは不可能だ」
(87頁)

 引用したスワンソンとブレイスガードルの会話が何とも皮肉ではありますが、事件の真相は単独犯と見せかけた複数犯――“二人組精神病”による――というものです。トニーはアガサ・クリスティの傑作も大切な手がかりをくれたな。”(228頁)と述べていますが、そちらの作品((以下伏せ字)『オリエント急行の殺人』(ここまで)でしょうか)のポイントは本書とは似て非なるもの*1ですから、本書の真相もそれなりにユニークなものではあると思います*2

 トニーが真相を見抜くきっかけとなったのは、“一連の事件を起こすような人間なんて、盆地には一人もいないはずだ”(222頁)というスワンソンの言葉ですが、日本語では“一人もいない”という表現から“二人”という発想に結びつきにくいのが難しいところです。原文では“not a single man”といったような表現ではないかと思われますが……。

 “二人組精神病”という真相が明かされた後も、トニーが“グリンドルにはびこる二人組の多さを考えてみろよ!”(232頁)と口にしているように、もう一段の迷彩が用意されているあたりが非常に周到です。ただ、ピーターとジェラルドの二人組は比較的怪しく描かれている感があり、少なくともこの時点で犯人の見当をつけることはさほど難しくはないでしょう。

 一方、物語の途中から語り手のスワンソンに対するトニーの態度がおかしなものになっていますが、対するスワンソンの強烈なボケ具合が何ともいえません。あからさまに疑われているにもかかわらず、わかっていて白を切っているかのようなとぼけぶりに、一瞬は“語り手=犯人”の可能性を考えはしたものの、さすがにそれではアンフェアにすぎるかと……。

 そう考えたので、語り手のスワンソンが自覚のないままジェラルドの死体を車で引きずったという最後の真相には、すっかりやられてしまいました。“語り手=自覚のない犯人”(記憶喪失も含む)というネタそのものは、今となっては新鮮味があるわけではないのですが、状況が状況だけにまったく気づいていなかったことに唖然とさせられます。ヴァレリーの気持ちに最後の最後でようやく気づいたことも含めて、天然ボケにもほどがある(苦笑)といわざるを得ません。

*1: “単独犯と見せて複数犯”というよりも、(以下伏せ字)“容疑者全員が犯人”(ここまで)であることに重点が置かれているように思います。
*2: ただし、先に読んだ別の作品(クリスティとしばしばネタがかぶった(作家のヒント;一応伏せ字)フランス語圏(ここまで)の作家(作家名)S=A・ステーマン(ここまで)による(作品名)『殺人者は21番地に住む』(ここまで);発表は本書より後)でほぼ同じネタが使われていたので、さほど面白味が感じられなかったのが残念。

2008.07.29読了