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逆説的 十三人の申し分なき重罪人/鳥飼否宇

2005年発表 双葉文庫 と15-01(双葉社)
「獅子身中の脅迫者」

 朝岡組若頭という立場によって、暴力団を一掃するという朝岡剛司の目的がかなり見えにくくなっているのは確かです。が、“獅子身中の虫”という“じっとく”のヒントのうち、“獅子”が指す組織としては警察だけでなく朝岡組も想定できる*1わけですし、どちらかといえば朝岡組の被ったダメージの方が“獅子身中の虫”にふさわしいようにも感じられます。それにしても、“獅子身中の虫が獅子身中の虫をかばった。”(29頁)という最後の一行が何ともいえません。

「火中の栗と放火魔」

 登場人物の配置から、実質的に奈須本専務と石井総務部長の二択になってしまうのは否めませんが、空の煙草のパッケージという手がかりをもとにした推理はよくできていると思います。

 ただ、谷村警部補による解決の最後の部分、すなわち石井の事後従犯という真相は、推理によって導かれるものではないように思われます。そうなると、“じっとく”の“火中の栗!”(49頁)というヒントも怪しくなってくる――石井の事後従犯というところまで読みきっていなければ、“火中の栗”という言葉は当てはまりません――のが気になるところです。

(2008.09.10追記)
 作中には、石井を“事後従犯の疑いでさっきしょっぴいた”(53頁)とありますが、「『逆説的―十三人の申し分なき重罪人』(鳥飼否宇/双葉文庫) - 三軒茶屋 別館」ではこれが法律的に誤りである旨指摘されています。

「堕天使はペテン師」

 “模倣”を重視したエンジェル友清の作風を強調した上で、杉田悪鬼という“師匠”の存在を示唆することで、真相が明かされる際にいわば模倣のベクトルの逆転を生じているのが見事です。

 また、“杉田悪鬼”の写真を利用したミスディレクションも巧妙です。特に、“じっとく”と同一人物ではないかという五龍神田の疑惑に対する反論として、ミスディレクションの核となる背の高さ(の誤認)を“たっちゃん”に持ち出させるという流れが秀逸。さらに、その後の“じっとくもゆるゆると首を振っている。”という動作を、五龍神田が“自分ではないという意思表示をしているのか。”(いずれも72頁)と勝手に思い込んでいるところもよくできています。

 ちなみに、解決の中で“ここに写っている鶏はペットのチャボ。”(78頁)とありますが、チャボは一般的な鶏よりも小型なので、“写真の男の身長はあばら屋や鶏から類推するに一メートル九十センチ近くはあるだろう。”(72頁)という誤認に一役買っているということです。

「張り子の虎で窃盗犯」

 五龍神田が解き明かしたトリックは、ペンダントとトロフィーの盗難を結びつけたという点でよくできていますし、黙祷の最中の犯行というのもうまいところです。しかしそれが、犯人自身が仕掛けたレッドヘリングだったというのも面白いと思います。ただ、“豪腕ピッチャー”という手がかりには、やはり脱力を禁じ得ません。

 なお、最後の“高潔な市長かと思っていたら、しょせん張子の虎だったわけだな”(104頁)という谷村警部補の台詞は、いかにも“じっとく”のヒントがそういう意味であったかのような印象を与えていますが、“じっとく”の立場では市長の動機まで推理できるとは思えないので、あくまでもトロフィーを使ったトリックを指していたと考えるべきではないでしょうか。

「ひとりよがりにストーカー」

 でっち上げたストーカーを隠れ蓑に妻を殺したという事件の真相そのものは、さすがに陳腐といわざるを得ませんが、以下の部分に仕掛けられたミスディレクションはなかなか面白いと思います。

(前略)現在のところ、そこまで深い憎しみを抱くような女性は捜査線上に浮かんできていないんだ」
女とは限らない」じっとくがぼそっと言った。
「なに言ってんだ、じっとく。利根の野郎につきまとっていたんだから、ストーカーは女に決まっているだろう。(後略)」たっちゃんがじっとくを説得しようとしている。
(126頁)

 ここで“じっとく”は、(被害者に対して)そこまで深い憎しみを抱くような女性が見つからないという五龍神田の説明を受けて、犯人が“女とは限らない”という趣旨で発言していると考えられるのですが、そこに“犯人=ストーカー”だと決めつけている“たっちゃん”の台詞がかぶせられることで、ストーカーが“女とは限らない”という風に意味が歪められており、「堕天使はペテン師」と同様に“たっちゃん”がミスディレクションの中心に据えられているのです。

「敬虔過ぎた狂信者」

 狂信による見立て→信仰心による見立て→隠蔽のための見立て、という風に、見立ての理由が二転三転する展開は見ごたえがあります。しかしそれ以上に、見立て殺人ものがダイイングメッセージものにすり替わってしまう解決は圧巻です。

「その場しのぎが誘拐犯」

 誘拐犯が早い段階で明らかになり、身代金の受け渡しがポイントかと思えば身代金を運ぶ菜月夫人が消失し、やはり身代金が消えた挙げ句に誘拐犯が意識不明となって発見されるという、めまぐるしい展開がよくできています。

 身代金を奪った犯人はやはり意外ですが、あまりにも“その場しのぎ”な犯行には唖然とさせられますし、「獅子身中の脅迫者」も含めて綾鹿署自体が心配になってきます(谷村・五龍神田の二人も健在ですし/苦笑)。

「目立ちたがりなスリ師」

 事件が依頼人への報告より前に起きたことを考えれば、確かに“杉卓郎”の正体は見え見えなのですが、とある理由*2で個人的には結構驚かされました。

 しかし、“どうして星野はわざわざ狂言を演じたのか考えてみろ”(206頁)という谷村警部補の言葉は疑問。最終話で明らかになる“じっとく”の正体を踏まえれば、星野から五龍神田へのプレゼントだという真相は妥当だといえますが、五龍神田と星野の間に公式に接点が生じたのは星野が狂言を演じたで、それより前に星野が五龍神田の外しっぷりを(表向きには)知るはずがないのですから、谷村警部補の(そして最後の五龍神田の)推理は成り立たないでしょう。

「予見されし暴行魔」

 “オレオレレイプ”という独創的な(?)手口をうまく生かした犯人の条件――手口を知っている人物――が非常にユニーク。そして、意外なところから登場する犯人、さらには五龍神田の(“お手柄”(229頁)どころか)大失態にも唖然とさせられます。もちろん解決はフェアとはいえないのですが、“じっとく”がヒントを出すという定型や、予見されし暴行魔」という題名を考えれば、それほどアンフェアともいえないのかもしれません。

「犬も歩けば密輸犯」

 この分野には多少知識があるので、モニターについて教えてほしいことがある”(255頁)という星野万太郎の言葉で、密輸品の正体がわかって吹きました(笑)。そしてそれが船長を殺した“犯人”だという真相も、由緒正しいバカミスという印象を与えています*3。冒頭のカミツキガメの話(234頁~235頁)が真相を暗示する伏線になっているのも巧妙。

「虫が好かないテロリスト」

 小さな出来事の陰に潜んだ大きな犯罪が暴かれるという、アーサー・コナン・ドイル(以下伏せ字)「赤毛連盟」(ここまで)以来の王道をひっくり返したかのような、無差別テロ計画という大犯罪を先に出しておいてそれを(一風変わった)ホームレス支援につなげるプロットが面白く感じられます。

「猫も杓子も殺人鬼」

 得体の知れないホームレス探偵の“じっとく”が犯人だったという解決は、ある程度納得できるものではあるのですが、“タ無か チ空き ツ無し テ抜き ト欠け”(310頁)というこじつけのばかばかしさが何ともいえません。

「申し分なき愉快犯」

 「猫も杓子も殺人鬼」で示されたこじつけに対して、〈タ無か〉よりも〈タ抜き〉の方がふさわしいというひっくり返し方が見事。しかしそれが、(時おり意外に鋭いところも見せてきたとはいえ)巴刑事によるものだというのが……。

 “じっとく”の正体はともかくとして、前のエピソードで星野万太郎が偽の解決を示した理由が印象的です。

*1: 山ノ井会はすでに壊滅状態なので除外。
*2: 星野万太郎が(一応伏せ字)普通に(?)探偵として活躍する他の作品を先に読んでいた(ここまで)ため。
*3(2008.09.10追記)
 バカミスの元祖である(同時に(一応伏せ字)(密室)ミステリの元祖でもある(ここまで))“例の作品”を念頭に置いています。

2008.08.09読了