碆霊の如き祀るもの/三津田信三
- 〈竹林宮事件〉
- 明らかにロナルド・A・ノックス「密室の行者」へのオマージュであるにもかかわらず、「密室の行者」を読んでいると――(一応伏せ字)“隔離する”トリック(ここまで)が頭にあると、完全にミスリードされてしまうのがうまいところ。しかしいずれにしても、迷宮からの出口に仕掛ける(開かれた)密室トリックではなく、被害者の側を迷宮から“出られない形”に仕立てる“逆転”のトリックは予想困難で、非常に秀逸です。
参道が狭いだけでなく、横向きでも出られないように“直角に曲がった”
(209頁)状態となっているのがよくできていますし、そのせいもあって参道以外の場所から強引に出ようとした(222頁)――そしてそれがミスディレクションの一つになっている――ところなどは、壁のある室内ではなく竹林ならではのトリックといえるでしょう。
そして、祖父江偲の飼い犬の話(385頁)が解明のヒントになった/犯行のヒントになったかもしれない、というのも実に面白いところです。
- 〈物見櫓事件〉
- 櫓小屋から海へ向かって中空に突き出した物見板の上という特徴的な現場がユニークで、被害者の姿がほぼ丸見えで犯行どころか近づくことも困難なので、かなり不可能性が高い……と思わせて、死後硬直を利用したトリックにはこれ以上ないほどおあつらえ向きなのが巧妙。硬直が解けてバランスが崩れれば自動的に転落するだけでなく、硬直した死体を物見板に押し出す作業が
“正座をしたまま、板の上を先端まで移動”
(366頁)する、被害者の自然な動作に見えるのが効果的です。
転落の状況や、被害者の所在が知れない時間が長かったこと――早い段階で殺された可能性があること――などから、トリックは予想しやすいとは思いますが、よく考えられているのは間違いないでしょう。
- 〈絶海洞事件〉
- 現場の位置関係がわかりにくいのが難点ですが、入り口の側からは“足跡のない殺人”となっている一方、海を経由して絶海洞の奥から被害者に近づくことができる(*1)という形で不可能状況に“抜け穴”を用意して、多重解決のために(見かけの)容疑者を増やしてあるのがうまいところです。
“遠距離攻撃”のトリックそのものはさほどでもありませんが、“二本の高い竹が立てられ、その間に注連縄が張られている。竹棒の根本に笹の葉がついた枝が突き刺してある”
(310頁)と、笹舟の材料があることまでしっかり書かれているのが周到です。
- 〈大納屋事件〉
- 他殺にしては閂による密室が強固すぎる一方、自殺にしては動機も含めて不自然さの残る状況で、どちらが崩しやすいかと考えれば明らかに後者ですから、他殺に見せかけた自殺(*2)という真相は予想しやすいところではあります。
苦肉の策の“偽の手がかり”として、両端に縄が結ばれた竹の棒という、いかにも意味ありげな小道具をひねり出してあるのも面白いところですが、何といっても、大垣秀寿が自殺するはずがないと思われた理由の“反転”(後述)が鮮烈です。
刀城言耶による“一人多重解決”ではまず、四つの事件の容疑者として、死体が発見されていない籠室岩喜宮司、籠室篠懸をめぐる動機がありそうな大垣秀継、さらに意外すぎる容疑者の“蓬莱さん”までが検討されますが、“蓬莱さん”の正体が「竹林の魔」の多喜という推理には意表を突かれたものの、いずれも検討する以前にかなり苦しいのは否めません(*3)。〈絶海洞事件〉などで容疑者を増やす工夫がされているとはいえ、つながりの薄い被害者たちが四人も死んだ事件では、あまりこねくり回す余地がないのも当然でしょう。
かくして容疑者不在となったところで、言耶は“事件の真の名称”――事件の構図を模索することになります。
最初に「竹林の魔」の怪談を再現したような〈竹林宮事件〉に対して【怪談殺人事件】と、次いで〈物見櫓事件〉で笹舟という共通点に着目して【笹舟殺人事件】と、さらに〈絶海洞事件〉では被害者たちの属性に共通点を見出して【容疑者殺人事件】と、それぞれ命名されていくのはおおむね順当ですし、〈大納屋事件〉で被害者の共通点が崩れたところですぐさま、動機を二組に分けた【不連続殺人事件】と命名されるのもよくできています。
そして最後に、籠室篠懸の“先生が竹ちゃんと会われたとき、もう運命ばぁ決まっとったんかもしれません”
(416頁)という台詞(*4)から、竹ちゃんが遊んでいた桶(251頁~252頁)(*5)をヒントにして、【風が吹きゃ桶屋が儲かる殺人事件】という凄まじいネーミング(苦笑)の真相にたどり着く手順が面白いところです。
ただし、この【風が吹きゃ桶屋が儲かる殺人事件】/【連鎖殺人事件】という真相そのものには、以下のような難点があります。
(1)及位廉也を籠室岩喜が殺し、籠室岩喜を亀慈将が殺し、亀慈将を籠室篠懸が殺し、大垣秀寿は自殺した――という真相が、「終章」でも言及されているように、警察の見立て通りであること。
(2)“連鎖”が途切れるなど他の事件から浮いている〈大納屋事件〉が、これまたそのまま別の事件として切り離されること(*6)。
(3)【連鎖殺人事件】は表現を変えれば【犯人殺人事件】にほかならないので、すでに示された【容疑者殺人事件】とほぼ同じであること(*7)。
このように、最後に示された真相は三重に意外性がないといわざるを得ず、著しく面白味に欠けるのは否めません。
一方、【連鎖殺人事件】から外れた〈大納屋事件〉は、大垣秀寿の自殺を否定する理由となっていた毒茸による食中毒事件が、当の大垣秀寿の犯行だったとされて自殺する理由へと“反転”するのが鮮やか。そしてそこから、運転手が必要なので四人衆では足りないという推理によって「蛇道の怪」の真相が、さらに及位廉也が残した“全ては逆だったのか”
(225頁)という一文を唐食船に再び当てはめて、商船を意図的に難破させて積荷を奪ってきたという村の秘密が、そして村の合併を阻止するために、怪異を演出して人々を脅かすことで人口を減らす(*8)という五人衆の計画が、次々と解き明かされていくのが圧巻です。
ただし、言耶が食中毒事件について“一つの村の人口を減らすために起こした殺人”
とした上で、“犯罪史上、希に見る狂った動機”
(いずれも520頁)と指摘している点には、大いに納得しがたいものがあります。これが異様な印象を与えるのは、“村の人口を減らすため”という〈目的〉のみではなく“殺人”という〈手段〉との組み合わせによるもの――〈目的〉と〈手段〉のアンバランスであり、また被害者の人間性を無視した〈目的〉と〈手段〉の直結――ですが、しかし当然ながら〈動機〉とは〈結果〉の如何に関わらず犯行時の〈意図〉であるわけで、結果的に死者が出たとはいえ、大垣秀寿が意図したのは“村の人口を減らすための嫌がらせ”の範疇にとどまるのですから、“狂った動機”というにはあたらないでしょう(*9)。
大垣秀寿が結果として“狂った事件”を引き起こしてしまったこと、すなわち犯人の意図を超えた事件となったことはむしろ、これまたそれぞれの犯人の意図を超えて四つの怪談になぞらえた事件が揃ってしまったことと併せて、“碆霊様”の影響というホラー的な解釈ができるのではないかと思いますし、言耶の“それが逆に、僕には恐ろしく感じられてならない”
(519頁)という言葉の意味も、そういうことではないかと思われます。
「終章」では、籠室岩喜宮司の言葉(314頁)が現実となり、無数の唐食船の帰還とともに犢幽村の人々が“マリー・セレスト号”さながらに姿を消す、凄まじい村の滅びが描かれています。ホラー的な効果が抜群なのはいうまでもありませんが、亀慈将殺しで早晩逮捕されるはずの籠室篠懸(*10)を、警察の手の届かないところへ持っていったという意味でも、実に見事な幕切れといっていいでしょう。
*2: 他殺に見せかけるためには閂をかけない方がよかったのでは、とも思われますが、他の事件との共通点が笹舟だけでは弱いと考えた、というのもうなずけるところです。
*3: “蓬莱さん犯人説”などは、〈物見櫓事件〉と〈絶海洞事件〉での目撃証言が無効になってしまうもので、少なくともミステリとしてはあり得ないのではないでしょうか。
*4: 籠室篠懸によれば、竹ちゃんは言耶に出会った時の様子を
“ほんに詳しゅう教えてくれました”(331頁)とのことなので、桶で遊んでいたことまで伝わっていてもおかしくはないでしょう。
*5: “蓬莱さん犯人説”の中で、
“烏天狗の面”(252頁)の方に読者を一度ミスリードしてあるのがうまいところです。
*6: 〈大納屋事件〉を除外するとなると、“蓬莱さん犯人説”の否定材料がなくなってしまうのも難点です。
*7: 作中では【容疑者殺人事件】について、
“彼らや彼女らは容疑者でも何でものうて、真犯人は自分や……って、まるで主張するかのように?”(418頁)という偲の言葉でごまかしてありますが、普通に考えれば【連鎖殺人事件】まではあと一歩でしょう。
*8: 「蛇道の怪」の中で、
“町になるためには八千人が必要”(92頁)としっかり伏線が張られています。
*9: 同じく“嫌がらせ”を意図した「蛇道の怪」をみれば、明らかではないでしょうか。
*10: 真相が警察の見込み通りだったということは、言耶が推理を語らなくても、亀慈将殺しについて最も容疑の濃い籠室篠懸を容疑者として扱うことになるはずです。
2018.07.04読了