ネタバレ感想 : 未読の方はお戻り下さい
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.79 > テンプラー家の惨劇

テンプラー家の惨劇/H.ヘクスト

The Thing at Their Heels/H.Hext

1923年発表 高田 朔訳 世界探偵小説全集42(国書刊行会)

 本格ミステリとしての最大の問題点は、巻末の「フィルポッツ問答」でも指摘されている通り、黒衣の男が遺言状を盗み見る場面の描写がアンフェアであるところです。この描写を本当にそのまま受け取ってしまうと、モンタギューとフェリックスを(直接の)容疑の対象から除外せざるを得ないでしょう。

 ところが実際には、読み進んでいくうちにフェリックスが真犯人であることが見え見えになってしまいます。連続殺人事件を扱ったミステリはただでさえ、関係者が残り少なくなっていくことで容疑を絞りやすくなってしまう傾向があるのですが、本書では、犯行の動機となり得るであろう莫大な遺産の相続人が、最終的にフェリックス一人だけになります。しかも、関係者の中でただ一人、命を狙われながらも生き残ったという状態になるわけで、これを狂言(バールストン先攻法の変形か?)と見抜くのは、現代のミステリ読者であれば容易でしょう。

 私自身は、アンフェアな描写自体に関しては比較的寛容な方ではないかと思います。少なくとも、それを補うだけの効果を上げてさえいれば、あまり文句はありません。が、本書では、真相を隠すためにアンフェアな描写がなされているにもかかわらず、早い段階で真相が見えてしまうという、何とも救いようのない状態になってしまっているのです。

 また、捜査陣、というよりミッドウィンター警部の(失礼ですが)あまりな無能ぶりも気になります。フェリックスを疑わないのは、深い友情のなせるわざということでぎりぎり許容できなくもないのですが、やはり最後の最後までまったく気づかないのはいかがなものかと思います。また、サー・オーガスティンの死に際して、従僕のウェストコットや執事のファスネットを容疑者から除外していく過程(243頁以降)のずさんさも気になります。

* * *

 本書で重要なポイントとなっているフェリックスの動機ですが、やはり今となっては、どこかで見たことのあるようなものといわざるを得ないでしょう(具体的な作品は思い出せませんが)。しかも、個人的にはあまり心を動かされることもありませんでした。なぜなら、いくら善なる目的のためとはいえ殺人に手を染めるにもかかわらず、フェリックスが抱えるべき苦悩が今ひとつ伝わってこないからです。

 “神の御業”として責任を押しつけたまま、財産相続の障害となる人々を次々に殺害していったその心理は、利己主義の延長にあるように感じられます。

2004.01.29読了

黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.79 > テンプラー家の惨劇