[紹介]
真敷市公民館の創立20周年を祝って行われた、地元のアマチュア奇術クラブによるマジックショウ。アマチュアゆえのハプニングも交えながら、ようやくフィナーレを迎えようとしたその時、最後のハプニングが待っていた。出演者たちが舞台に並んだその前で、銃声とともに“人形の家”から華々しく登場するはずの女性マジシャンが、なぜか一向に姿を現さない。それもそのはず、その頃彼女はなぜか公民館を離れた自宅で殺害されていたのだ。さらに、クラブの面々にはなじみの深い「奇術小説集・11枚のとらんぷ」に登場する数々の小道具が、叩き壊されて死体の周囲に並べられていた……。
[感想]
泡坂妻夫の長編第一作にして、アマチュア奇術師としての経験と知識を存分に生かした、ユニークな奇術づくしのミステリです。アマチュア奇術クラブによるマジックショウの顛末を描いた「I部 11の奇術」に、世界中から奇術師たちが集まる国際奇術家会議に舞台を移した「III部 11番目のトリック」と、物語本篇では奇術師たちの特殊な世界が存分に描かれていますが、間に挟まれた作中作「II部 『11枚のとらんぷ』」が奇術小説集となっているのがすごいところ。同じく奇術師でミステリ作家だったクレイトン・ロースンの作品(*1)でも(読んだ限りでは)ここまで全編で大々的に奇術がフィーチャーされてはおらず、本書は奇術ミステリの最高峰といっても過言ではないでしょう。
「I部 11の奇術」ではまず、マジックショウの様子が出演者/裏方の視点で“裏側”から描かれていく形になっており、あまり奇術に関する知識のない読者にとっては特に、興味深いものになっています。また、舞台経験のなさから相次いでしまう表舞台での珍妙なハプニングに、それを受けて舞台裏でも繰り広げられるドタバタの様子が加わることで、(当事者ならぬ読者にとっては)より面白おかしく(?)見せてあるのが愉快なところです。そしてフィナーレでの“最後のハプニング”として“消失”した女性マジシャンが、なぜか自宅で殺害されていたという強烈な謎が魅力的です。
事件の不可解さに輪をかけているのが、死体の周囲に施された奇怪な装飾――クラブの会長・鹿川が書いた「奇術小説集・11枚のとらんぷ」にちなんだ小道具で、それによって事件が何とも異様な雰囲気を帯びるとともに、そのまま「II部 『11枚のとらんぷ』」へつながっていくという構成がよくできています。実のところ、それらの小道具が奇術のトリックに使われたことが明かされるにもかかわらず、殺された被害者自身(!)(*2)も含めてどのような形で奇術で使われるのかにわかには予想しがたく、否が応でも興味を引かれるようになっているのが巧妙です。
作中作として挿入されたその奇術小説集――「II部 『11枚のとらんぷ』」は、単独で読んでも十分に楽しめるものになっています(*3)。(全員ではないものの)クラブのメンバーそれぞれによる、いずれ劣らずユニークな11の奇術それ自体の面白さもさることながら、ちょっとしたヒントや手がかりをもとして最後にトリックが解き明かされるミステリ仕立てなのも見どころ。と同時に、“実用的でない”奇術ばかりということもあってかそれぞれの演者の個性が前面に出ており、(「I部」のマジックショウに続いて)登場人物たち一人一人を強く印象づけているのもうまいところです。
そして「III部 11番目のトリック」では、“奇術師が多すぎる”といいたくなるような国際奇術家会議の様子が描かれながらも、その裏では少しずつ事件の真相を解明する手がかりが出揃っていき、ついに謎解きへと突入します。クラブのメンバーが一堂に会した謎解きは、どちらかといえば静かな印象さえありますが、「I部」からさりげなくちりばめられていた驚くほど多数の手がかりが次々と拾い上げられるとともに、趣向を凝らした犯人特定が用意されているあたりは圧巻といえるでしょう。かくして思わぬ真相が一同を打ちのめした後、華やかな祭りの幕切れとともに余韻を残す結末も見事で、個人的な思い入れ(*4)を抜きにしても傑作だと思います。
*1: 『帽子から飛び出した死』など。
*2: さらにもう一人、トリックに使われた人物がいます。
*3: 創元推理文庫版の依井貴裕氏の解説によれば、実際に 「II部」だけを先に読んだマジシャンは多かったようです。
*4: 今を去ること30数年前、小学6年生の頃に初めて自分の小遣いで買った(ジュヴナイルを除く)ミステリが本書でした。
2004.02.03再読了
2015.03.04再読了 (2015.03.20改稿) [泡坂妻夫] |