ミステリ&SF感想vol.79

2004.02.06
『白波五人帖』 『テンプラー家の惨劇』 『被害者は誰?』 『11枚のとらんぷ』 『人獣細工』



白波五人帖  山田風太郎
 1958年発表 (集英社文庫 や13-3・入手困難

[紹介]
 天下に名だたる大盗賊・日本左衛門を頭領に、つき従うは弁天小僧菊之助、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平と、いずれ劣らぬ一騎当千の四天王。金持ちばかりを狙い、奪った金は庶民にばらまく。お上にたてつき、自由奔放に悪事の限りを尽くす。それが世間に知らぬ者のない、白波五人男だった。
 だが、ある日、何を思ったか日本左衛門が奉行所へ姿を現した。きっぱりと悪事をやめ、自ら獄につながれようというのだ。頭領を失った一味、そして残された四天王は……。

[感想]
 歌舞伎の演目として名高い「白波五人男」をベースにした、山田風太郎流の時代小説です。五人の盗賊たち一人一人を主役とした5篇からなる連作短編のような形式となっていますが、中身は明らかに長編です。

 「第一帖 日本左衛門」では、日本左衛門が盗賊となった経緯、そして突然の自首へと至る心境の変化が、さらにそれ以降は、弁天小僧菊之助、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平の四人が、それぞれの末路を迎える様子が、いずれも印象深く描かれています。つまり本書は、後にやや形を変えて忍法帖へと受け継がれていく、滅びの物語なのです。

 物語は時に哀しみに満ち、また時に凄惨をきわめますが、そこにあるのはそれぞれの人生、人間としての生き様です。悪逆非道のゆえに滅びを迎える悪人たちもまた、自分自身の人生を生きている人間であるという事実、そしてその人生における激しい心の動きが、圧倒的な迫力をもって描かれています。カタルシスなどとは無縁ですが、それでもどこか不思議な余韻を残す、印象的な作品です。


2004.01.24読了  [山田風太郎]




テンプラー家の惨劇 The Thing at Their Heels  ハリントン・ヘクスト
 1923年発表 (高田 朔訳 国書刊行会 世界探偵小説全集42)ネタバレ感想

[紹介]
 英国有数の名門であるテンプラー家が、予期せぬ惨劇に見舞われる。人々をあざ笑うかのように突然現れ、一族を次々と襲っていく不気味な黒服の男。その目的もわからないまま、魔手をふるい続ける神出鬼没の殺人者によって、一人、また一人と命を落としていく人々。懸命に捜査を続ける警察にも、まったくなすすべがない。無慈悲な死神に取りつかれてしまったテンプラー家は、このまま崩壊の時を迎えるしかないのか……?

[感想]
 『赤毛のレドメイン家』などで知られるE.フィルポッツが別名義で発表した、英国の名門一族を主役としたミステリですが、個人的にはあまり楽しめませんでした。その原因の一つは、書かれた年代の古さにあるのではないかと思います。

 まず、謎とその解決(真相)を中心とした本格ミステリの体裁をとっていながら、本書は本格ミステリとしてはかなりいただけない内容となっています。勘のいい方は真相の見当がついてしまいそうなので、ここでは具体的な問題点は挙げませんが、“原始的”と表現するのが適切かもしれません。少なくともある程度ミステリを読み慣れた方にとって、本書に謎解きの魅力を見いだすのは難しいでしょう。

 これに対して、巻末に付された真田啓介氏による秀逸な解説「フィルポッツ問答」では、“犯罪者の特異な性格や心理”の“研究記録”という読み方が提示されています。確かに、最後に“真相”として示される犯人の心理は、ある種の衝撃をもたらすものといえます――少なくとも、1920年代の英国社会においては。しかしながら、現代のミステリ読者の視点から見ると、この“衝撃”もさほど大きなものには感じられないのではないでしょうか。

 さらにいえば、本書が本格ミステリの体裁をとっている関係上、真相が終盤まで伏せられているために、犯人の犯罪者としての心理描写もやや不十分になっているきらいがあります。いわば、本格ミステリという形式が足かせとなってしまっているわけで、いっそこれが倒叙形式で書かれていたら、とも思ってしまうのですが……。

 ミステリ部分だけでなく、作中で展開される議論の数々も含めて、全体的に時代相応の作品といえるでしょう。私自身は今ひとつ肌に合わなかったのですが、そのような雰囲気が好きな方はお気に召すかもしれません。


2004.01.29読了  [ハリントン・ヘクスト]




被害者は誰?  貫井徳郎
 2003年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 大人気のミステリ作家にして卓越した推理の才を発揮する反面、性格にかなり難のある先輩・吉祥院慶彦と、警視庁捜査一課の刑事でありながら、吉祥院先輩にいいようにこき使われてしまう後輩・桂島のコンビを主役とした、ユーモア・タッチ(?)の連作ミステリです。
 それぞれのエピソードは、P.マガーの一連の作品(『被害者を探せ』『探偵を捜せ!』など)を思わせる、一風変わった謎を扱ったミステリになっていますが、さらにひねりが加えられており、油断していると作者に足元をすくわれてしまいます(もっとも、そのくらいの気楽な姿勢で読む方が楽しめると思います)。
 一つ残念なのは、探偵役である吉祥院先輩の造形に魅力があまり感じられないところです。個人的な好みもあるのかもしれませんが、推理の才以外に美点を見いだすことができず、“傍若無人な名探偵”の典型という印象を受けてしまいます。

「被害者は誰?」
 自宅の庭から白骨死体が掘り出されたことで、殺人容疑で逮捕された男。犯人であることは明らかであるにもかかわらず、被害者が誰なのかが判然としない。家宅捜索で押収された手記の内容から、3人の被害者候補が浮かび上がったものの……。
 手記を手がかりに被害者を絞り込む、一種の安楽椅子探偵ものですが、何も考えずに読んでいたので、作者の企みに思いきり引っかかってしまいました。やや釈然としない部分もありますが、まずまずといったところでしょうか。ただし、ラストは大いに不満です。

「目撃者は誰?」
 同じ社宅に住む同僚の妻と不倫を重ねる男。だが、そんな彼らのもとに現金2万円ずつを要求する脅迫状が届く。どうやら、人妻が男の部屋から出てくるところを、何者かに目撃されたらしい。恐喝者は、向かいの棟に住む3人の男の中にいるはずなのだが……。
 あれよあれよと思っている間に、すっかり騙されてしまい、意外なオチまで一直線。巧みなミスディレクションが光る作品です。

「探偵は誰?」
 先輩の最新作は、かつて自身が解決した事件をアレンジしたものだった。桂島は、それを読んで誰が探偵役なのかを当てるという賭けに挑む。作中で殺人事件に関わる4人の男性モデルの中に、先輩をもとにした人物がいるのは間違いないのだが……。
 吉祥院先輩の作品に桂島が挑むという趣向の作品です。残念ながら(?)誰が探偵なのかは読めてしまったのですが、それでも楽しめました。なかなかよくできていると思います。

「名探偵は誰?」
 交通事故で足を複雑骨折し、入院してしまった先輩。そこへ、加害者である若く美しい女性が見舞いに訪れるようになったのだが、彼女の様子はどうもおかしい。何やら、先輩の病室とは別のフロアに用事があるようなのだ。やがて、一つの事件が……。
 本書の刊行に当たって書き下ろされた、ボーナストラック的な軽めの作品です。作者の狙いが見えてしまったのですが、これはある意味仕方ないところでしょうか。

2004.01.31読了  [貫井徳郎]



11枚のとらんぷ  泡坂妻夫
 1976年発表 (創元推理文庫402-11)ネタバレ感想

[紹介]
 真敷市公民館の創立20周年を祝って行われた、地元のアマチュア奇術クラブによるマジックショウ。アマチュアゆえのハプニングも交えながら、ようやくフィナーレを迎えようとしたその時、最後のハプニングが待っていた。出演者たちが舞台に並んだその前で、銃声とともに“人形の家”から華々しく登場するはずの女性マジシャンが、なぜか一向に姿を現さない。それもそのはず、その頃彼女はなぜか公民館を離れた自宅で殺害されていたのだ。さらに、クラブの面々にはなじみの深い「奇術小説集・11枚のとらんぷ」に登場する数々の小道具が、叩き壊されて死体の周囲に並べられていた……。

[感想]
 泡坂妻夫の長編第一作にして、アマチュア奇術師としての経験と知識を存分に生かした、ユニークな奇術づくしのミステリです。アマチュア奇術クラブによるマジックショウの顛末を描いた「I部 11の奇術」に、世界中から奇術師たちが集まる国際奇術家会議に舞台を移した「III部 11番目のトリック」と、物語本篇では奇術師たちの特殊な世界が存分に描かれていますが、間に挟まれた作中作「II部 『11枚のとらんぷ』」が奇術小説集となっているのがすごいところ。同じく奇術師でミステリ作家だったクレイトン・ロースンの作品*1でも(読んだ限りでは)ここまで全編で大々的に奇術がフィーチャーされてはおらず、本書は奇術ミステリの最高峰といっても過言ではないでしょう。

 「I部 11の奇術」ではまず、マジックショウの様子が出演者/裏方の視点で“裏側”から描かれていく形になっており、あまり奇術に関する知識のない読者にとっては特に、興味深いものになっています。また、舞台経験のなさから相次いでしまう表舞台での珍妙なハプニングに、それを受けて舞台裏でも繰り広げられるドタバタの様子が加わることで、(当事者ならぬ読者にとっては)より面白おかしく(?)見せてあるのが愉快なところです。そしてフィナーレでの“最後のハプニング”として“消失”した女性マジシャンが、なぜか自宅で殺害されていたという強烈な謎が魅力的です。

 事件の不可解さに輪をかけているのが、死体の周囲に施された奇怪な装飾――クラブの会長・鹿川が書いた「奇術小説集・11枚のとらんぷ」にちなんだ小道具で、それによって事件が何とも異様な雰囲気を帯びるとともに、そのまま「II部 『11枚のとらんぷ』」へつながっていくという構成がよくできています。実のところ、それらの小道具が奇術のトリックに使われたことが明かされるにもかかわらず、殺された被害者自身(!)*2も含めてどのような形で奇術で使われるのかにわかには予想しがたく、否が応でも興味を引かれるようになっているのが巧妙です。

 作中作として挿入されたその奇術小説集――「II部 『11枚のとらんぷ』」は、単独で読んでも十分に楽しめるものになっています*3。(全員ではないものの)クラブのメンバーそれぞれによる、いずれ劣らずユニークな11の奇術それ自体の面白さもさることながら、ちょっとしたヒントや手がかりをもとして最後にトリックが解き明かされるミステリ仕立てなのも見どころ。と同時に、“実用的でない”奇術ばかりということもあってかそれぞれの演者の個性が前面に出ており、(「I部」のマジックショウに続いて)登場人物たち一人一人を強く印象づけているのもうまいところです。

 そして「III部 11番目のトリック」では、“奇術師が多すぎる”といいたくなるような国際奇術家会議の様子が描かれながらも、その裏では少しずつ事件の真相を解明する手がかりが出揃っていき、ついに謎解きへと突入します。クラブのメンバーが一堂に会した謎解きは、どちらかといえば静かな印象さえありますが、「I部」からさりげなくちりばめられていた驚くほど多数の手がかりが次々と拾い上げられるとともに、趣向を凝らした犯人特定が用意されているあたりは圧巻といえるでしょう。かくして思わぬ真相が一同を打ちのめした後、華やかな祭りの幕切れとともに余韻を残す結末も見事で、個人的な思い入れ*4を抜きにしても傑作だと思います。

*1: 『帽子から飛び出した死』など。
*2: さらにもう一人、トリックに使われた人物がいます。
*3: 創元推理文庫版の依井貴裕氏の解説によれば、実際に「II部」だけを先に読んだマジシャンは多かったようです。
*4: 今を去ること30数年前、小学6年生の頃に初めて自分の小遣いで買った(ジュヴナイルを除く)ミステリが本書でした。

2004.02.03再読了
2015.03.04再読了 (2015.03.20改稿)  [泡坂妻夫]



人獣細工  小林泰三
 1997年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『玩具修理者』に続く第二作品集です。ホラー小説大賞を受賞してデビューしたこともあってホラー作家として認識されていた(と思います)頃に書かれたもので、収録された3篇とも“恐怖”を軸とした作品になっています。が、その“恐怖”の内容はかなり違っているように感じられます。

「人獣細工」
 “パッチワーク・ガール。そう。わたしは継ぎはぎ娘――生まれながらの病気で、体内の臓器のほとんどに欠陥を抱えていた夕霞。その命を救ったのは、臓器移植を専門とする外科医の父だった。彼は、ブタの臓器を人間に移植する技術を確立し、たび重なる手術を夕霞に施してきたのだ。その父が亡くなってから一年。夕霞は父の残した研究資料に目を通し始めた……。
 怖いもの見たさ、というべきでしょうか。ある程度読めば、最後に待ち受けている結末は見えてしまいますし、それは決して快いものではないのですが、それでも目が離せません。淡々とした語り口とねちっこい描写が組み合わされた、足元にじわじわと何かが忍び寄ってくるような独特の文章と、異様な形で表現されたテーマとがぴったりはまった、衝撃的な傑作です。

「吸血狩り」
 “初めて、吸血鬼を見たのは八歳の夏だった”――従姉らとともに、祖父母の住む田舎で夏休みを過ごしていた“僕”は、ある日従姉の異変に気づいた。いつも暗くなるまで一緒に遊んでいた従姉が、日が沈む頃になると一人で姿を消すようになったのだ。後を追った僕の前に現れたのは、全身黒ずくめで青白い顔、血走った目の大男だった……。
 幼い少年が、吸血鬼に魅入られてしまった従姉を懸命に救い出そうとする、オーソドックスな冒険譚――として読むこと可能でしょう。もちろん、一筋縄ではいかない作者のこと、それだけですむはずはないのですが。一見さりげなく書かれた最後の一行が秀逸です。

「本」
 “厳密に言うと、この本の作者はわたしではない”――小学校の同級生から麗美子のもとへ送られてきた、革張りの薄汚い本。そこに書かれていたのは、小説とも評論ともつかない、奇怪な文章だった。その本は、他の同級生のところへも送られているらしいのだが、奇妙に思った麗美子が調べてみると、恐るべき事態が起きていたことがわかった……。
 古典的な“呪い”の物語を、B.J.ベイリーの“バカSF”(ほめ言葉)に通じるアイデアによりアップデートした上で、スプラッタとスラップスティックの境界線上に位置する味付けが施されたような作品です。作者の持つ様々な資質が一度に盛り込まれているため、やや唐突に感じられるところがないでもないのですが、それがまた独特の奇妙な魅力になっているように思います(このあたりは、後の『AΩ』に通じるといえるかもしれません)。

2004.02.04再読了  [小林泰三]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.79