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ifの迷宮/柄刀 一

2000年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 この作品ではいくつかの謎が提示されていますが、DNA鑑定がらみの謎については、多少知識があるためにわかってしまいました。
 まず、池澤裕児と宗門継信のDNAの一致ですが、池澤裕児の試料が血液だったというのがポイントです。全身の細胞のDNAが一致するのは一卵性双生児(もしくはクローン)しかありませんが、血液だけであれば骨髄移植という比較的ポピュラーな手段があります(皮膚の移植も不可能ではありませんが、こちらはあくまでも一時的なものです)。
 一方、宗門静香の爪に残された亞美のものと同じ皮膚片ですが、こちらは前述の理由で一卵性双生児(もしくはクローン)しか考えられません。そして事件関係者の状況を考慮すると、最も可能性が高いのは、受精卵の分割による人為的な一卵性双生児(受精卵クローン;核移植による体細胞クローン(いわゆる“クローン”)とは違うもので、肉牛などでは実用化されています)ということになります。
 しかしながら、これらのネタを単なるDNA鑑定の盲点としてではなく、よみがえる死者という現象と組み合わせたのは、非常にうまい使い方だと思います。また、年齢の離れた双子というイメージも印象的ですし、亞美とセーラの差異を強調することで、遺伝情報だけですべてが決まるわけではないというテーマに結びつける流れもよくできています。

 また、テーマと強く結びついた動機が非常に秀逸です。遺伝情報による差別を促進しているともいえる企業、その中核をなす一族が、致命的な病気を引き起こす遺伝子を保有していたという痛烈な皮肉は、テーマを鮮やかに浮き上がらせていますし、宗門清周にとっては殺人という手段に訴えてでも隠すべき秘密であったというのも納得できます。

 なお、私は医学関係者ではないので細部に誤解があるかもしれませんが、その点はご了承(ないしご指摘)下さいませ。

2001.05.15読了

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