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忌名の如き贄るもの/三津田信三

2021年発表 (講談社)

 刀城言耶の解決ではまず、“尼耳家の財産”と“愛憎”というオーソドックスな動機に基づいて推理が始まり、当主・件淙と李千子には動機がないとして除外された後、財産狙いの動機から最有力の容疑者とされた三市郎をはじめ、他の容疑者たちも次々と否定されていきます……が、市糸郎の父・太市(と河皎縫衣子の共犯)に動機がないというのはいいとして、他の面々の容疑が否定される理由がやや弱いのが若干気になるところです。特に井津子については、“忌名の儀礼”にこだわる犯人の狂信性を持ち出して否定してありますが、後に言耶自ら“あの儀式の最中であるならば、不審死が起きても不思議ではない。”(382頁)と、儀式の最中に事件を起こすメリットを挙げているので、少々いただけません。

 それはさておき、尼耳家の面々が全員容疑者から外れた後、“尼耳家以外で“忌名の儀礼”にこだわっている人物”として、七七夜村の鍛冶本氏(376頁)の名前が出てくるのに仰天。確かに阿武隈川烏の話(134頁~135頁)で説明されていますし、巻頭の「主な登場人物」にも名前が出てはいる*1のですが、“いきなり何を言い出すのか……”(376頁)と困惑させられるのは読者も同様(苦笑)で、さすがにそれは……と思いきや、実際に虫絰村に現れて“白い人影”(260頁)“忌中笠を被った白装束の者”(274頁)として目撃されていた(らしい)というのが、ものすごいというか何というか。

 続いて焦点となる血液型の問題はかなり見え見えで、“被害者と同じO型”(200頁)で市糸郎がO型であることが判明した後、さほど間を置かずに“太市のAB型”(219頁)とくれば*2、市糸郎が太市の子ではないことは一目瞭然。そして、市糸郎が尼耳家の血を引いていないとなれば、最初に除外された件淙に動機が生じることになりますが、これについても否定の理由が弱いのは否めないところで、特に“儀式の最中に殺す理由”については前述のメリットが問題となります*3

 そして言耶の(ひとまず)最後の解決は、現場周辺を多人数の“監視”による“巨大な密室状況”ととらえた上で、最初から内部にいて出入りしなかった人物――八年前に生き埋めになったと思われた〈銀鏡祇作が犯人〉というとんでもないもので、唖然とさせられます。補強のために江戸時代の逸話を持ってくるのはずるい気がしないでもないですが(苦笑)、和生少年が目撃した“角目”にそのまま符合するところがよくできています*4し、“呼ばれたから”という動機もなかなか凄まじいものがあります。

*1: どのみち最終的な真相ではないのですから、いっそのこと「主な登場人物」からも名前を外して“登場人物外の犯人”に仕立ててもよかったのではないでしょうか。
*2: AB型の親からはO型の子は生まれないので、“縫衣子は(中略)A型”(229頁)という“ダメ押し”を待たずとも明らかです。
*3: 言耶は他にも、“父親”の太市自身が気づいていなかった事実を件淙が知り得たことに疑問を呈していますが、血液型がわかって知識があれば第三者でも気づくことは十分に可能です。
*4: 角目の面が古いということで、角が取れたことに説明がつくのもうまいところです。

*

 “一人多重解決”の末にひねり出されたその解決が、「終章」ひっくり返されるとすれば真犯人はその場にいるただ一人の関係者しかいない――と見当はつくのですが、しかし“その人物”が徹底的に容疑の外に置かれているのが周到。すなわち、“密室状況”から遠く離れた外部にいたアリバイ、結婚して家を出ることによる動機の不在、さらには冒頭の言耶による「はじめに」に仕掛けられた強力なミスディレクション――先輩の奥様の実家が、本件には大きく関わっているからだ。お二人は「気にする必要は全くない」と仰って下さった”(9頁)と、言耶が記録をまとめた時点で李千子が普通に暮らしているように見せかける*5――といった具合に、三重の仕掛けによって厳重に守られているのが注目すべきところでしょう。

 アリバイについては当然ながら遠隔殺人で、仕掛けを施した望遠鏡を凶器としたトリックは某国内ミステリ長編*6に通じるものですが、望遠鏡を構えた被害者の姿が、“角が取れた”ことまで含めて和生の目撃した“角目”となっているのが秀逸です。

 そして本書の“メインディッシュ”である動機については、まず章題の“虫絰村の秘密”――尼耳家が村八分に遭っていたことに驚かされます。言耶が時おり抱いているように、そこはかとなく違和感がないでもないのですが、実に巧妙に隠されていたことに脱帽。そこに大きく貢献しているのはやはり市糸郎の葬儀で、火事を出して村八分になった河皎家を例にとって、“火事や葬式など相互扶助が必要な事態”(42頁)の扱いが説明されていたこと*7が、真相につながる手がかりとなっていることにうならされます。

 村の秘密が明かされてみると、(やや冗長に感じられなくもないものの)そのために葬儀関連の様子をしっかりと描く必要があったことは理解できます(解決では言及されていませんが、野辺送りの際に福太が輿をかついだこと(いずれも251頁)も、村八分の一環だと考えられます)。また、早い段階から言耶が警察の捜査に協力する形になっているのも、言耶が直接村人から情報収集するのを最小限に抑える狙いでしょう。

 ……ということで、福太との結婚の障害となる村八分を隠すために、葬儀が必要だったので事件を起こした、という真相の破壊力がこれ以上ないほど強烈。“葬儀のための殺人”という前例はあります*8が、そちらの作品とはまったく異なる理由ですし、何より、言耶がいうところの“先輩と結婚ができる”に至る流れ(いずれも407頁)、さらには“忌名の儀礼”を単に都合のいい機会として利用したことが、(“一人多重解決”で取り沙汰された犯人の狂信性とは裏腹に)ある意味“合理的”であるところに戦慄させられます。

 本書の締めくくりとなる、“私は李千子やのうて、生名子ですから……”(410頁)という最後の一行もまたインパクト十分で、十四歳の時の“忌名の儀礼”で仮死状態になった李千子の体験を踏まえれば、納得せざるを得ません。細かいことをいえば、「はじめに」で作中の忌名が仮名である上に“実際の忌名は知りようがなく”(9頁)とされているので、最後の一行で具体的な忌名を告げても言耶に通じない(単なる“別の名前”にすぎない)ことになりそうなのが気になりますが、実際には“私は李千子やのうて、忌名ですから……”だったとすれば大丈夫でしょうか。

*5: ここでの“先輩の奥様”はもちろん李千子ではなく井津子を指しているわけですが、最終的に虫絰村の秘密は香月子にも伝わったはずで、にもかかわらず福太と井津子が結婚できたとすると、何とも複雑なものが……。
*6: (作家名)泡坂妻夫(ここまで)(作品名)『乱れからくり』(ここまで)
*7: しかしやむを得ないとはいえ、この情報、さらには銀鏡國待の“あんたさんは、気ぃが違うてしもうたんか”(333頁)という強すぎる言葉が、他ならぬ李千子自身によってもたらされているのは、隠そうとしている割に不用意にすぎるように思われてしまいます。
*8: (作家名)法月綸太郎(ここまで)の短編(作品名)「黒衣の家」(『法月綸太郎の冒険』収録)(ここまで)

2021.08.18読了