兇人邸の殺人
[紹介]
“廃墟テーマパーク”にそびえる奇怪な屋敷〈兇人邸〉。葉村譲と剣崎比留子は、〈斑目機関〉の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その屋敷に侵入するが、そこに待ち構えていたのは無慈悲な首斬り殺人鬼だった。同行者たちが次々と首のない死体となって発見され、混乱の中で比留子は行方不明になってしまう。様々な思惑を抱えた生存者たちは、容易に屋敷からの脱出の道を選べない。さらに、屋敷内に別の殺人者が存在する可能性が浮上し、事態は混迷を極めていく。葉村は比留子を見つけ出し、謎を解いてともに生き延びることができるのか……?
[感想]
『屍人荘の殺人』・『魔眼の匣の殺人』に続くシリーズ第三弾となる本書は、前二作と同様の“特殊設定+クローズドサークル”という骨格ですが、目に見える具体的な脅威がクローズドサークルの内側に存在することで、これまでよりさらにパニックホラー色の強い一作となっています。その分、(これは作中でも言及されていますが)謎解きの重要性が低下している感があるのが、まず好みの分かれるところかもしれません。
漠然とした予言の謎を解く必要のある『魔眼の匣の殺人』はもちろんのこと、『屍人荘の殺人』でも終盤まで“籠城戦”の様相を呈していた――籠城する“余裕”があった――ことで、事件の謎解きにも注力できる状況だったわけですが、本書の場合は“内なる脅威”への対処を早々に迫られてそちらの優先順位が高くなる(*1)上に、事件の謎を解こうとする行為がその障害となりかねず(*2)、結果としてパニックホラーと謎解きがバッティングする形になっているのが難しいところです。
とはいえ、石持浅海の初期作品に通じるところのある、登場人物たち自身が内部にとどまることを選択する“自発的なクローズドサークル”や、倒叙ミステリ風の展開、さらには探偵と助手が分断された結果としての安楽椅子探偵形式(*3)など、細かいユニークな趣向は目を引きますし、ハウダニットにはうならされる部分もあります。何より、事件の謎がすべて解き明かされた後の“最後の仕掛け”が非常に秀逸で、強烈なインパクトとともに胸を打つ結末になっているのがお見事です。
しかし一方で、よくよく読んでみると色々な問題があるように思われてなりません。まず、謎解きの細かい部分を考えてみると、“実行できるのか”という点でだいぶ怪しいところがあり、特に“ある部分”については“別解”を考える方が妥当ではないか、とも思えてしまうのが難点。また犯人の行動全般も大きな問題で、不必要に大きなリスクを冒しすぎているところが気になりますし、“ある部分”の動機はなかなか理解しがたいものがあります。ついでにいえば、“〈斑目機関〉の遺産”という来歴があるにもかかわらず、“たった今ここに出現した”といわんばかりに舞台設定に奥行きが感じられない(*4)のもいただけないところです。
……ということで、個人的にはやや大きめの不満がいくつかあり、しかもその大半は作者の都合による(ことをうまく隠せていない)、というのが困りものですが、前述のように面白い部分があるのも確かですし、パニックホラーの勢いに乗ってさらりと読めば十分に楽しめる作品ではあると思います。
2021.08.04読了 [今村昌弘]
【関連】 『屍人荘の殺人』 『魔眼の匣の殺人』
運命の証人 The Sleeping Tiger
[紹介]
今まさに法廷で審理が始まった刑事裁判を、被告人席から他人事のように眺める男。六年前と数か月前に起きた二件の殺人について、自分が無罪だと誰一人信じていないのは明らかで、もはやあきらめるよりほかなかったのだ。被告人ジョン・プレスコットは、駆け出しの事務弁護士だった六年前に、友人ピーター・リースの屋敷で紹介された美女ノラ・ブラウンとの出会いによって、その運命を狂わされてしまった……。そして審理は進み、陪審員による評決が近づく中、法廷に立った一人の証人が……。
[感想]
本書はディヴァインの第七長編で、法廷ものの要素が取り入れられているのがこれまでにない大きな特徴です。
冒頭で主人公が二件の殺人の被告人となっている様子が描かれますが、そこで明かされるのはほぼそれだけで、本書の前半までは裁判の様子は幕間程度の扱いにとどまり、主人公の回想という形で読者に示されていく事件の経緯がメインとなっています。“誰が殺されたのか”を伏せておいて読者の興味を引く狙いもさることながら、主人公が訴追される“未来”を先に明かしておくことで、主人公が陥穽にはまっていく過程に注目させる手際が光ります。
その主人公ジョン・プレスコットは友人から“眠れる虎”(*1)と評される、何事にも――特に女性相手には自己主張の苦手な人物で、傍からみると若干イライラさせられる部分もないではないのですが、美女ノラ・ブラウンとの出会いから絵に描いたように運命を狂わされていく様子にはやはり引き込まれます。そして、二人が出会う「第一部」から五年が過ぎた「第二部」では、年月の経過に応じた人間関係の変化が目を引くとともに、いわば“青天の霹靂”だった「第一部」とは違って少しずつ事件に近づいていく展開で読ませます。
後半の「第三部」では、いよいよ本格的に法廷劇が始まります。冒頭の時点ではあきらめきって冷めていたジョンですが、“運命の証人”の証言をきっかけに“眠れる虎”が目を覚まし、戦う姿勢を取り戻していく様子が大きな見どころ。巻末の解説で大山誠一郎氏が、ディヴァイン作品の特徴の一つとして“失意の、あるいは窮地にある主人公の自己発見と再生”
を挙げていますが、その点で、勝ち目のない裁判の被告という絶体絶命の窮地から脱出しようとする主人公の姿は、ディヴァイン作品の中でも随一の魅力を備えているといえます。
その反面、ミステリとしては若干物足りない部分があるのは否めないところで、最後に明らかになる真犯人は“意外”を通り越していささか唐突に感じられますし、いつも以上に謎解きが駆け足になっているのも気になるところです。このあたり、誤解を恐れずにいえば、ディヴァイン作品の謎解きが法廷と相性がよくないところに起因している節があり(*2)、難しいところではあります。とはいえ、真相がよくできているのは他の作品同様で、全体としてはディヴァインの“味”がしっかり発揮されて十分に楽しめる作品といえるのではないでしょうか。
2021.08.28読了 [D.M.ディヴァイン]