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隠蔽人類/鳥飼否宇

2018年発表 (光文社)

 本書の帯には探偵役が次々に死んでいく”とあり、「~発掘と真実」で隠蔽人類の秘密の一端を解き明かした宮路一匡が殺されるところまでは、確かにそのような趣向とも受け取れるのですが、最後の「~絶望と希望」での探偵役といえそうなレナータ・アッカーマン博士が“死んでいく”かといえば……日本に落ちた巨大隕石の影響がどの程度ジュネーブにまで及ぶのかわかりませんし、“それほど長くは生きられない”(228頁)ことを含めても、いささか微妙なところではあります。

 一方で、これまた帯に記されている殺戮の連鎖とは、基本的には*1(探偵ではなく)“犯人が殺される”ことによって事件が連鎖していく形であり、そのために――形は違えど1950年代の某国内作品*2のように――作中で一旦は明らかになった事件の真相が隠蔽されることこそが重要で、〈探偵が殺される〉のはあくまでも隠蔽のための手段というべきではないかと思われます。

 もっとも、「~発掘と真実」の結末は隠蔽されることなく、犯人の牛根小百合はあっさり逮捕されています(210頁)が、これは隠蔽人類の最後の秘密にまで至るためにやむを得ないところでしょうし、最後の“日本を丸々呑み込むほどの巨大隕石”(254頁)によって小百合の死も確実なので、少なくとも“犯人が殺される”趣向は一貫しているといっていいのではないでしょうか。

*
「隠蔽人類の発見と殺人」
 首切り殺人が、神聖な場所を汚されて怒っているキズキ族の犯行でないことはまず明らか。そしてそこから先の消去法も(特に凝ったところはないものの)よくできていて*3、〈日谷が犯人〉という小橋の推理は十分に納得のいくものになっています。
 殺されたのが尾崎であることから、殺害の動機がDNAの解析結果に関わっていることは予想できますが、隠蔽種の捏造などではなく*4日谷自身が隠蔽種だったという真相は、やはり強烈です。
 最後は、探偵役の小橋はもちろんのこと、キズキ族ごと皆殺しにして真相を隠蔽するという暴挙に圧倒されますが、続く「~衝撃と失踪」で日谷が独白している“事後処理”(68頁~69頁)もまた凄まじいものがあります。

「隠蔽人類の衝撃と失踪」
 ミラの脱出は、二重の密室状況とはいえ“外側”からみれば不可能状況でも何でもないのがくせもので、虹彩認証が必要な展示室のドアにはストッパーが用意されていますし、DNA認証が必要な小屋についても日谷の鼻血がついたティッシュを使えば突破可能ということで、まず外側の“協力者”を疑わざるを得ないことが効果的なミスディレクションとなっています。
 もちろん最大のミスディレクションは、「~発見と殺人」の結末で明らかになった〈日谷が隠蔽種〉という真相で、“キズキ族の方は隠蔽種ではない”と思い込まされてしまうのが秀逸。ミラが小屋から自由に出入りできたという真相こそ脱力ものですが、隠蔽種の秘密を巧みに利用して謎を作り出した上で、脱力ものの真相と引き換えに(?)さらなる謎――血縁関係がないはずの日谷とミラがどちらも隠蔽種というおかしな状況*5――を提示してみせる手腕に脱帽です。

「隠蔽人類の絶滅と混乱」
 「~衝撃と失踪」はミラが日谷を殺すところで終わっていますが、その後に侑菜が殺されているのはまだしも*6、侑菜殺しも含めた犯人と思しきミラ自身、さらに圭子までが首切り死体となっているのが、まずはやはり衝撃的。特に圭子について、ミラがキズキ族の葬送儀礼として首を切ったことは見え見えである反面、(「~衝撃と失踪」での様子を知っている読者としては)ミラが圭子を殺すとは考えにくいために、何とも不可解な謎となっています。
 塩野崎とロバートの推理合戦では、〈ロバートが犯人〉とする塩野崎の推理、そして〈塩野崎がミラを殺した〉という結論はさほどでもありませんが、首切りの凶器となった包丁の出所が面白いところです。ここで、バッグの中にメロンが入ったままだったことからすると、包丁は(メロンを切る以外の目的で)圭子自身がバッグから取り出したと考えられる一方、前述のようにミラと圭子が争いになる可能性は低いと考えられるので、読者は〈圭子が自殺した〉という真相に思い至ることも可能かもしれません。
 ミラを殺した犯人が明らかになった後に残る、“誰が/なぜミラの首を切ったのか”という謎に対して、頭骨の専門家である宮路が隠蔽種の標本として首を持ち去ろうとしたという、常識外れ(?)でありながら説得力のある真相が用意されているのがお見事です。

「隠蔽人類の発掘と真実」
 「~衝撃と失踪」の結末で、日谷とミラがどちらも隠蔽種ということになったにもかかわらず、ここではミラが隠蔽種ではないことが確定してしまう不可解きわまりない状況の中、“標準”の方に問題があったことが明らかになる隠蔽種の“反転”が鮮烈。しかも日本人全体が隠蔽種*7という豪快すぎる真相には、さすがに唖然とさせられます。
 また、この真相に到達する経緯も見逃せないところで、キズキ族の村で発見された人骨のDNAによって隠蔽種の存在を証明しつつ、首の骨ではなく足の指の骨の方が隠蔽種だったという読者への手がかりを示す*8とともに、作中では日谷への疑念を生み出すことで、完全に隠蔽されていた「~発見と殺人」の真相にまで到達する流れがよくできていて、“最後の一手”こそ司の気まぐれ(?)によるものとはいえ、そこに至るまでのお膳立てがしっかり考えられていると思います。
 本書全体の趣向からすると、(「~絶滅と混乱」の結末を受けて)最後に宮路が殺されることになるはずが、事件が起きそうな気配がまったくない……と思っていると、塩野崎と小百合の間に隠された関係を設定することで、“殺戮の連鎖”を継続させてあるのがうまいところです。

「隠蔽人類の絶望と希望」
 ホモ・サピエンスと隠蔽人類――ホモ・ジャポニクスの入れ替わりの背景として、江戸時代の鎖国を持ってきてあるのはなるほどと思わされますが、細かいことをいえば、当時は国内での移動もかなり制限されていたはずなので、鎖国の間にホモ・ジャポニクスが日本全国に広がるのは無理があるでしょう。
 また、交雑によりホモ・サピエンスの遺伝子に“擬態”しつつ、テロメアを次第に短くする“時限爆弾”を隠し持ち、人類を滅亡に導くというアイデアもユニークですが、“擬態”についてはかなり後に生じた形質と考えられる――そうでなければホモ・ジャポニクスの集団が確立できない――ので、初期の交雑種の子孫には遺伝的な痕跡が残っている家系もあるはずです。……とはいえ、“宇宙の意思”ともなれば何とでもなりそうですが(苦笑)
 最後は、巨大隕石の衝突というとんでもない結末に気が遠くなります(苦笑)が、「~発掘と真実」で隕石について“神の意志”(165頁)と表現されているのが伏線といえるでしょうか。
 ……ところで、〈綾鹿市シリーズ〉はこれにて終了?
*

*1: 「~絶滅と混乱」でのミラだけは、犯人であるがゆえに殺されたわけではありませんが。
*2: (作家名)山田風太郎(ここまで)(作品名)『妖異金瓶梅』(ここまで)
*3: 小橋のみ“足首を挫いていた”という“一時的”な条件で除外されますが、その原因となったハプニング(34頁)が絶妙で、あまり取ってつけたような感じでもなく、しかし読者の印象には残るものになっていると思います。
*4: “コンタミ”に関する小橋と尾崎のやり取り(29頁)にも表れているように思いますが、実際のところ捏造は不可能――適度な遺伝的距離の偽サンプルを準備するのが困難――ではないでしょうか。
*5: “ミラと日谷の配列は完全に一致した”(108頁)ことからしても、別の場所でそれぞれ独立に発生した可能性はないといっていいでしょう。
*6: 「~衝撃と失踪」でミラの失踪事件を解決した“探偵役”であることを考えれば、当然というべきかもしれません。
*7: 読み終えてみると、日本列島を震撼させる衝撃の真相!”という帯の惹句にニヤリとさせられます。
*8: もっとも、調査団の中に日谷も含まれていることが読者へのミスディレクションとなっている感があります。またそのために、作中でも〈日谷が隠蔽種〉という仮説が持ち出される必要があったと考えられます。

2018.05.21読了