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異世界の名探偵1/片里 鴎

2019年発表 レジェンドノベルス(講談社)

 宮廷探偵団副団長たるゲラルトの解決は、一言でいえば“魔術で何とかした”というもので、“ダメSFミステリ”の典型といっても過言ではないのですが(苦笑)、外部犯と結論づけて事態を丸く収めるためにはそれしかないのも確かで、“静かなゲラルト”の面目躍如といったところかもしれません*1

 実際のところ、犯人が[爆発]を起こしてヴィクティー姫を誘拐し、[密室]状態の聖堂に侵入し、ヴィクティー姫を[殺害]した――という一連の流れで事件をとらえてしまうと、ゲラルトの言うとおりいくら何でも時間的余裕がなさすぎるので、何とか“困難を分割”したいところですが、少なくとも[爆発][殺害]の分割を可能にする“入れ替わり説”が、ヴァンとキリオが事前に聖女の像を目にしていたことで否定されてしまうのが周到です。

 ここで入れ替わりの手段として示されているのが肉体操作の魔術ですが、この魔術そのものに若干気になるところがある*2のはさておくとしても、この時点では衣服の問題が完全にスルーされているのが少々いただけないところです。とはいえ、ヴィクティー姫が模倣した聖女の像の格好が“一枚の布を体に巻きつけただけ”(93頁)なので、“衣服についてはあまり問題にならない”というのがこの場の共通認識ということになるでしょうか。

 最後の解決では、“姫からテキト布の大部分を剥ぎ取り(中略)自分が身に付ける”(291頁)“煙に紛れて身につけていたテキト布とヴェールを脱ぎ去り、処分する”(288頁)と説明されており、(ややわかりにくいですが)犯人は衣服の上からテキト布を巻きつけたということになるでしょう*3。これについては作中のヴィクティー姫の格好が絶妙で、肌をさらさないよう聖女の像よりも大量に布を使っている(159頁~160頁)ため、衣服を隠すにも十分といえますし、剥ぎ取るのが(比較的)簡単というだけでなく、(作中で焼失したと偽装されているように)ある程度残すことができるのも通常の衣服にはないメリットです。これはまたこれで気になるところもないではない*4ですが、おおむねよく考えられているといっていいでしょう。

 どちらかといえば、“ヴィクティー姫”から元の姿に戻る際の方が問題で、テキト布の量が多いことがこちらではネックになります。ヴァンは“その場で魔術で焼却したのか?”(288頁)と推理していますが、量が多ければ布自体の温度が上がるまでに時間がかかりますし、炎が大きくなれば煙の中でも目についてしまい、早い段階で魔術の可能性が浮上する――そして容疑者が絞り込まれる――おそれがあるのではないでしょうか。

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 しかしてヴァンによる解決では、まず[爆発]について、計画的な犯行であるという前提のもと、外からではタイミングが確認できないという妥当な推理で、犯人が“壁に仕込まれた爆薬を魔術で爆発させた”*5としているのが鮮やか。そして魔術の限界に基づいて、爆発した壁の近くにいた人物に容疑者を絞り込み――というよりも“ヴィクティー姫”を容疑者に含めることで、“入れ替わり説”に説得力を与えているのがお見事です。

 次に[密室]については、ライカの鍵が奪われていない*6ため、犯人が鍵を使わずに侵入したのは確実なので、扉が内側から開かれたという真相には何も驚きがありませんが、ヴァンが表彰された際の“気が付いた時には俺は聖堂の外に出ていた”(133頁)という一文が叙述トリック風に機能しているのが面白いところですし、“ボブの手がかり”が愉快です*7。そして後に説明される、時間を稼ぐために鍵を盗んだという動機がよくできています。

 そして、入れ替わりのタイミングについて細かく検証されていく中では、“自由に動ける立場であるがゆえに長時間不在にできない”という、ヤシャに関する逆説的な推理が印象的ですが、やはり何といっても、不可能状況の前提を一気に覆してしまう聖女の像のすり替えが圧巻です。肉体操作でヴィクティー姫そっくりの顔になるのではなく、“ヴィクティー姫の顔”の方を変えてしまうという発想が非常に面白いところですし、前述のように[爆発][殺害]を分割するために持ち出された入れ替わりが、これまた像の“入れ替わり”と生身の入れ替わりに分割することで実現可能となっているという、“困難は分割せよ”の“天丼”(?)のような構成が秀逸です。

 実のところ、「読者への挑戦状」直前の一幕――特に“どうして自分でこの事件を解決しないんだ”から“俺がするわけにはいかない。もう、君にも分かっているだろう?”(236頁)というあたりで、レオが犯人であることだけは見当がついたのですが……。

 像のすり替えが不可能というミンツ大司教の反論に対して示される、首のすげ替えという解決それ自体も妥当ですが、裏付けとして持ち出される、聖女の像の“つるりとした一枚の布”“髪の一本一本”(いずれも93頁)との違いもよく考えられています。実際には、(レオの言葉ではありませんが)テキト布の部分は最初から滑らかだった可能性もあるかと思いますが、(彫像ではなく)あくまでも“聖女が石になった”という立場の教会としては受け入れざるを得ない、効果的な手がかりと推理だと思います。

 [殺害]の段階で目を引くのはやはり、聖堂内に死体を時間差で出現させるトリックで、天井に磔にしておいて時間の経過で自動的に落下させる仕掛けは巧妙ですし、(基本的な魔術である)水の魔術と冷気の魔術を巧みに組み合わせた手順も考え抜かれている感があります*8。また、ヴィクティー姫の顔を隠すために不可欠な首の切断*9によって生じる“副産物”ともいうべき血液が、そのまま磔のための材料として用いられるあたりは、(表現はあまり適切でないかもしれませんが)エレガントといっても過言ではないでしょう。

 「エピローグ」では、レオがかねて口にしていた世界の変革という野望がもう一つの動機として示されるとともに、ヴァンがそれを実現するための“剣”として利用されたことが明らかになります。前半の卒業論文などが伏線となっているのもすごいところですが、ファンタジー世界では異質にも感じられる“いかにもミステリらしい事件”が、“ヴァンでなければ解決できない事件”として用意されたという構図にうならされます。犯人たるレオを“ヴァンが育てた”*10点も含めて、この世界にヴァンが転生しなければ起きなかったかもしれない、いわば探偵の存在が引き起こした事件であるわけで、「ファンタジーにおける名探偵の必要性」というテーマに対する回答としては、何とも皮肉で凄まじいものがあります。

 「エピローグ」ではもう一つ、レオの“握ったつもりが、俺も握られた側だった”(300頁)という言葉から、キリオがレオを“操った”のではないかとヴァンが疑っていますが、仮に“傷口が一度凍らせられていることに気付いていた”(315頁)*11としても、その時点では解決が早まるかどうかの違いでしかありません*12し、聖女の像やヴィクティー姫関連の疑問については、その話が出た段階でレオの犯行計画まで察知できるはずがない*13ので、ヴァンの考えすぎではないかと思える部分もあるのですが、それでも印象に残る結末であることは確かです。

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*1: “探偵とは、大多数の人間を納得させて、事件を終わらせる存在”(186頁)というゲラルトの言葉は、麻耶雄嵩『貴族探偵』を思い起こさせるものです。
*2: 顔はまだしも体格(身長や体重)まで変えるとなれば、実際には質量保存の法則(→Wikipedia)に反する可能性が高いでしょう。また、“目の位置を変えようと思っても魔術で移動させられるのはほんのわずかな距離だけ”(174頁)という説明をみると、魔力で顔のパーツを物理的に動かすようですが、そうすると、魔術の解除でそれが勝手に元に戻る(一種の弾性で?)のであればいいのですが、移動させた顔のパーツをまた元の位置に動かす必要があるのならば、最低限、鏡を見ながらでもなければ難しいのではないでしょうか。
*3: おそらく、衣服を脱いで着替えるのは不可能です。というのも、聖堂と旧校舎の二ヶ所で着替えなければならなくなる――にもかかわらず、“ヴィクティー姫”が手荷物を持ち歩くことができるとは考えられないからで、聖堂で脱いだ衣服は処分できるとしても、“身体チェック”(108頁)までされる中で予備の衣服を持ち込むことができるとは思えません。
*4: 実際には、下の衣服が見えてしまわないよう隙間なく(独力で)巻きつけるのは大変だと思いますし、肉体操作による体格の変化で衣服のサイズが余ってしまうという問題もありそうですが……。また、描写がないので定かではありませんが、履物が違えば(それ自体は外から見えなくても)足音も変わってくる――少なくとも“明かり無しで洞窟の奥深くのダンジョンを踏破したこともある”(219頁)ジンは気づいてもおかしくない――ようにも思われます。
*5: 爆発はあくまでも均等に起こるはずなので、“壁の破片の大部分は外側に落ちている”(189頁)というのはやや違和感がありますが、これは内側から爆薬を仕込んだ関係で、壁の内側が薄くなっていた(→“岩を削った板”(255頁))ために破片が少なかった、ということでしょうか。
*6: “ライカの鍵が偽物にすり替えられた”というゲラルトの推理(179頁)は、さすがに無理がありすぎるでしょう。
*7: “ボブの神経が太いから”(262頁)という表現は、あんまりな気がしないでもないですが(苦笑)。
*8: やや地味かもしれませんが、首を切断する際に血が流れ出ないように魔術で凍らせておくところは抜かりがありません。ただし、できるだけ痕跡を残さないためには急速な加熱は不可――“火が通って”しまいかねない――なので、解凍するのに時間がかかりそうです。
*9: 特殊な前提条件に基づくので当然といえば当然かもしれませんが、死体の身元ではなくだけを隠すための首切りというのは、あまり例がないように思います。
*10: いうまでもなく“犯人当てクイズ”の件で、レオがそれを通じてミステリの知識や考え方を身に着けていなければ、このような事件を起こすことはできなかったでしょう。
*11: キリオは確かに凍傷にも言及しています(224頁)が、比較的ゆっくり進行する一般的な凍傷と、今回のような急速な(そのためにかなり低温での)凍結とでは、かなり様子が違うのではないかと思われるので、気づかない可能性も十分にあるような気が……。
*12: ゲラルトではなくヴァンに事件を解決させたいという狙いであれば、気づいたことを黙っているよりもむしろ、ヴァンにだけ打ち明ける――例えば“ゲラルトはぐっすり寝ている”(224頁)場面などはチャンスです――方が効果的ではないでしょうか。
*13: 表彰式にヴィクティー姫が参加する話が出る前から、共犯レベルで何か事件を起こすことを企んでいたとすれば別かもしれませんが、そうするとレオがキリオの様子を不思議がる(78頁)のはおかしな気がします。

2020.09.09読了