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孤島パズル/有栖川有栖

1989年発表 創元推理文庫414-02(東京創元社)

 作中に盛り込まれた宝探しのパズルは、なかなかよくできていると思います。やはり“進化するパズル”というコンセプト*1が秀逸で、島に点在するモアイ像を線で結ぶ段階から平面→立体へと進むあたりは面白い発想だと思いますし、宝の隠し場所ということで地図(平面)に固執してしまいがちな心理の裏をかいた解法といえます。さらに、四次元(時間)にまで進むためのヒントがきっちり示されているのもうまいところです。

 第一の事件は密室殺人となっていますが、その扱いがさほどでもないのは作者らしいともいえるところで、須磨子自身が鍵をかけたという真相自体、第二の事件の発生前(144頁)にすでに示されています。面白いのは、須磨子の動機を理由にそれが否定され*2、最終的にはホワイダニットとなっている点で、密室の処理としてはユニークだと思います。

 解決場面での犯人特定の論理は、非常によくできています。とりわけ、犯人が自転車で移動したことが明らかな状況から出発しながら、それと一見矛盾するような“犯人が泳いで魚楽荘へ向かった”という事実を経由することで、初めて真相に到達できるというのが実に見事。そのあたりの解明の手順はおおよそのところ、以下のようになっています(〈手がかり〉 → 解釈)。

  1. 〈地図に残されたタイヤの跡〉 → 犯人は自転車で一往復した
  2. 〈地図が魚楽荘にあった〉 → 犯人は自転車で魚楽荘→望楼荘→魚楽荘と移動した
  3. 〈自転車のアリバイ〉 → 犯人は自転車以外の手段で魚楽荘へ向かった
  4. 〈ボートが使えなかった〉 → 犯人は泳いで魚楽荘へ向かった

 手がかりから引き出される一つ一つの解釈にはひねくれたところもなく、いずれも至極もっともなものだと思いますが、しかしそれも前段階の解釈があっての話。上に示したように少なくとも四つの段階を要する手順はなかなか複雑で、読者が論理的に犯人を特定するのはかなり困難ではないかと思われます*3

 また、フーダニットの中にハウダニット――殺人そのものではないものの、“いかにして犯行に及んだか”の一環――の解明が組み込まれているのが興味深いところで、最後の鍵となる“犯人はどうやってライフルを魚楽荘へ持ち込んだのか?”も含めて、犯人が特定される前にハウダニットがほぼすべて解明される手順が面白く感じられます。

 犯人が“三百メートルほど”(35頁)の距離を泳いで一往復し、自転車で片道三十分の距離を一往復したという真相は、体力的にどうかと思われるだけでなく、そんなことをする理由が不明なために見えにくくなっている*4感がありますが、一つ一つ理由を説明されてみると十分に説得力があり、よく考えられていると思います。

 そして解明の手順が非常によくできているだけに、それが誤っていてほしいといわんばかりの江神部長の態度が際立っていますし、最後の“お前には止められんかったな(351頁)という台詞が何ともいえない印象を残しています。

*1: しかし、『種の起源』を買うまでした望月の立場は……。
*2: “でもそれですっきりした気分にはなれない。どうして須磨子さんは掛け金をかけた後、窓辺の伯父さんの死体のところへ引き返して倒れたりしたの?”(145頁)というマリアの台詞など。
*3: 少なくとも“和人の遺書”が示された時点で、動機から犯人はかなり見え見えではありますが。
*4: 平川の死体を発見する直前、“アリスが平川の自転車を借りて後で返しにいけばいい”というマリアの提案を一蹴する、江神部長の“アリスは何の用があって魚楽荘と望楼荘を自転車で一往復するんや?”(189頁)という台詞も、真相を暗示するようでいて隠蔽するものになっていると思います。

2009.12.19再読了