股旅探偵 上州呪い村/幡 大介
最初の倉賀野宿での殺人は、一見すると“流れ宿”のある掘割の上流が犯行現場としか思えない状況ですが、死体が流れてきた掘割の上流を(監視による)“密室”と見立てた三次郎の推理は面白いと思いますし、掘割の逆流によって(*1)“死体が密室へ入った”トリックはユニーク。犯人が関与していないという点では、いわゆる“内出血密室”に近いところがあるかもしれませんが、現場付近の状況を巧みに利用したもので、密室トリックとしてはちょっと類例が思い当たりません(*2)。
この鮮やかな謎解きを惜しげもなくひっくり返す、アンチミステリ的な(フーダニット・ハウダニット)――と同時に時代小説的な(ホワイダニット)――真相が用意されているのが、作者の一筋縄ではいかないところです。しかし、推理の誤りを突きつけられた探偵役・三次郎には、いわゆる探偵の苦悩”などお構いなしにすべてを無効化できる便利な“呪文”、“あっしには関わりのねえことでござんす”
という決め台詞があった――というのが、破壊力抜群の笑いどころです。
一方、火嘗村で起きた事件はまず、クライマックスでミステリマニアの小向慎之丞の期待を裏切り、決め台詞とともに謎解きが放棄される展開に唖然。そして最終章で三次郎が、三度笠の渡世人スタイルからまさかの洋装に姿を代えて登場してくるのにも驚かされましたが、遅れてきた謎解きの末に(金田一耕助もびっくり(?)の)“連続殺人を最後まで見届ける探偵”というユニークな探偵像(*3)が示されるのが面白いところで、(本来は)関わりのないことに口を出そうとしない渡世人である、“股旅探偵”という設定にうまくはまっているといえるのではないでしょうか。
さて、滝壺で逆さ吊りになったお仲の死の真相は、それ自体はさほど面白味のあるものとはいえませんが、三次郎が身をもって知った手がかりはなかなかよくできていると思います。そして、そのお仲の死体を使ってお初の死を演出するトリックが鮮やか。実のところ、定番の“顔のない死体”トリックではあるのですが、『獄門島』パロディとなっている善七郎の遺言が効果的なミスディレクションとなり、三姉妹の命が狙われるのが“既定路線”であるかのように思わされてしまうのがうまいところです(*4)。
というわけで、前面に現れた“不吉な遺言に端を発する連続殺人事件”という図式の裏に、火嘗村に隠された大きな秘密と名主・牟左衛門による“陰謀”が浮かび上がってくるのがお見事。洞窟の描写をみるとそれが鉱山であることはおおよそ見当がつきますが、シダしか生えない“焼け野”(*5)の様子や、名主屋敷が燃える炎が“緑色”
(449頁)だったことが、銅山であることを示唆する手がかりとなっているところがよくできています。
そして、“棺から消えた死体”の謎に隠されていた、隠れキリシタンだったからという真相には、個人的にかなり“してやられた感”が。というのも、とある前例(*6)をよく知っているにもかかわらず騙されてしまったからですが、それは一つには、本書が“金田一耕助パロディ”や“クトゥルフもの”といった“パロディ/メタミステリ”の体裁を取っていることに理由があるように思われます。つまり、時代小説で(も)あるとはいえ、メタなミステリ談義も含めて終始現代的な視点で読まされてしまうために、いかにも時代小説的な隠れキリシタンという真相が盲点になる(*7)、ということではないでしょうか。
いずれにしても、途中は散々無茶苦茶やっているように見せておきながら、最後には時代小説の枠組の中で合理的な謎解きをやってのけた、作者の手際に敗北感を覚えずにはいられません(苦笑)。
*2: もっとも、密室トリックというよりアリバイトリックととらえる方が適切であるようにも思われますが。
*3: 事件の真相を見抜きながら、関係者の大半の意を汲んでそれを暴露しないあたりは、いわゆる“後期クイーン問題”の“第二の問題”(→「後期クイーン的問題#第二の問題 - Wikipedia」を参照)を回避している、ということもできるかもしれません。
*4: 実際には、殺されたように偽装されたのは三姉妹のうちお初ただ一人にすぎないのですが、お末が洞窟で行方不明になったのはもちろんのこと、玄八郎や弥助が(事故により)命を落としていることも、連続殺人事件だと読者をミスリードするのに一役買っています。
*5:
“今風にいえば瓦斯って言うんでしょうかね”という三次郎の説明に、さらに
“(正しくは銅イオン)”(いずれも475頁)と注釈を入れてあるのが、入念というか何というか。
*6: (作者名)都筑道夫(ここまで)の短編(作品名)「天狗起し」(『くらやみ砂絵』収録)(ここまで)。
*7: 振り返ってみれば、最初の倉賀野宿での殺人からして同じような図式だったわけで、これも最後の真相を暗示する伏線の一つ……といっていいのかもしれません。
2015.02.25読了