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未明の悪夢/谺 健二

1997年発表 (東京創元社)

 本書で扱われているトリックは、小出菜々子の死体消失、神尾俊二殺しの“見えない人”トリック、紺野卓殺しの“磔殺人”、そして犯人のアリバイトリックといったところでしょうか。これらはすべて震災絡みのトリックですが、真相が見えやすいのが難点です。死体消失と“磔殺人”については震災による建物の被害状況を考えれば一目瞭然だと思いますし、“見えない人”トリックはあまりにも陳腐。そしてアリバイトリックも、“その人物”がかなり怪しい(例えば「1994・12・23 5:06p.m.」の項)こともあって、見抜くことは困難ではないでしょう。

 しかしそれは、震災の状況を客観的に知る/受け取ることができる読者の立場で初めていえることであって、震災の当事者である登場人物の立場からは、心理的に真相が見えにくくなっている面もあるのではないかと思います。例えば、事件の時点では地震の規模や建物の被害状況を客観的にみることは難しい(特に死体消失を体験した赤石には不可能でしょう)と思われますし、救助の手を差し延べてくれる自衛隊員に対して疑いの目は向けにくいのではないかと思います。

 つまり、客観的な視点からは比較的簡単に見破ることができるトリックが、震災の渦中にある登場人物たちにはなかなか見破ることができず、“謎”のままになってしまうわけで、まさに森博嗣がいう“逆トリック”にあたるのではないかと思います。したがって読者としては、そのトリックを見破ることができない状態にあった被災者の心理に、思いを馳せるべきなのかもしれません。

2005.08.02読了

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