美濃牛/殊能将之
まず「プロローグ」でいきなり、“羅堂家の一族を根絶やしにしようとした”
鋤屋和人が犯人であることが示唆されている(16頁)のが面白いところ。鋤屋和人なる人物がそのまま登場してくるわけではないので、当然ながら読者は登場人物のうち“誰が鋤屋和人なのか?”という興味を持って読み進めることになりますが、これが読者をミスリードする仕掛けになっているのが実に巧妙です。
“羅堂家の血筋をはっきりと刻印”
(518頁)した特徴的な赤毛は黒く染めて隠すことができる(*1)としても、そもそも田舎の村に“よそ者”が知られずに紛れ込むことは本来であればほぼ不可能。加えて“一族を根絶やしにする”というその動機によって、鋤屋和人と羅堂家の“協力関係”など想定する余地はなく、結果として鋤屋和人による“操り”の構図(*2)――ひいては真の実行犯の存在がかなり見えにくくなっているのが秀逸。
そしてもちろん、黒幕と実行犯の分離が巧みに隠蔽されることにより、殺害を実行することが明らかに不可能な“陣一郎”に疑いを向けづらい――容疑者がどんどん少なくなっていく中でも――のはいうまでもありません。さすがに、天瀬を鍾乳洞に突き落とそうとした美雄が鋤屋和人の名を口にしたところ(662頁)までくれば、“陣一郎”が鋤屋和人であることはほとんど明白になりますが、今度は“どうしてそんなことになっていたのか?”が巨大すぎる謎として浮かび上がってくるのが見事なところです。
その背景に、一見すると田舎の村ではさほど影響がなさそうにも思えたバブル崩壊が絡んでくるのがまたうまいところ。一方で、“今年四十七歳になる”
(517頁)はずの鋤屋和人を老人に仕立てた美雄の悪魔のような手際には慄然とさせられます。
石動が指摘した首切りの理由――哲史の自殺を他殺に見せかけた理由、すなわち、リゾート開発計画による“協力関係”の終焉を恐れた“陣一郎”=鋤屋和人が、自身の安全を図るために殺人を“起こした”という逆説的な理由(*3)はなかなか面白いと思いますが、“陣一郎”=鋤屋和人が告白する“おもしろそうだった”
(726頁)という動機に表れた狂気には、思わずたじろがずにはいられません。
作中には数々の伏線が配されていますが、やはり句会での天瀬の俳句――天瀬が目撃した手がかりを直接描写することなく、“秋晴や牛舎の牛の白い角”
(416頁)という句に託したしゃれた伏線に脱帽です。
*2: このあたりも含めて、本書の骨格は横溝正史の代表作の一つ、(以下伏せ字)『獄門島』(ここまで)を意識したものといえるかもしれません。
*3: 某国内作家(作家名)泡坂妻夫(ここまで)の短編(作品名)「DL2号機事件」(『亜愛一郎の狼狽』収録)(ここまで)を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。
2011.01.15読了