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友達以上探偵未満/麻耶雄嵩

2018年発表 (KADOKAWA)
「伊賀の里殺人事件」

 第一の被害者・丸山が懐にロープを忍ばせ、密かに愛希とつながりがあったことから、共謀して正樹を殺す計画の存在が浮かび上がるものの、“正樹が丸山を返り討ちにして愛希も殺した”とするには、愛希が不用心すぎるのがネック。また、余分な黒忍者の衣装が重要な手がかりであることは明らかですが、監視カメラの映像で黒忍者は二人しか確認されず、“三人目”の黒忍者が表に現れてこないために、それ自体が何とも不可解な謎になっています。

 しかして、“結局は黒忍者ばかり死んでけり”という俳句(?)で始まる[ももの推理]は、丸山が愛希と間違えて殺された“間違い殺人”だったというもの。愛希に濡れ衣を着せるには多すぎるタバコの吸い殻も、“愛希が被害者”とすれば収まりがいいのは確かで、[あおの推理]で補足されたアリバイ工作という解釈も含めて、十分納得ができるところです。

 “間違い殺人”は【問題篇】の中で一旦否定されている*1のですが、[ももの推理]では“三人目”の黒忍者が原因で“間違い殺人”が起きたというところがよくできています。殺された丸山が黒忍者なので想定できなくなっていますが、これまた[あおの推理]で補足されているように、黒忍者が愛希と犯人だけの場合に限っては殺す相手の確認を要しない――“三人目”により“間違い殺人”が起こり得るわけで、当初から参加していた“もう一人”の黒忍者、茅町が犯人というのは妥当でしょう。

 ということで、二人一役×一人二役という事件の構図がユニーク。監視カメラの映像で黒忍者が“プラマイゼロ”になっただけでなく、一日目の晩餐でのいかにも怪しげな茅町の不在*2までも、丸山の登場によって人数が合ってしまい、結果としてあからさまなはずの一人二役がしっかり隠蔽されているのが秀逸です。“茅町”が被害者と見なされ、タバコの吸い殻が愛希を犯人に見せかけるためと解釈される“逆転”も含めて、謎の作り方が非常に巧妙といえるのではないでしょうか。

 丸山殺しが“間違い殺人”となれば、“丸山佐助”という名前が不可欠な見立て――“初時雨猿も小蓑をほしげなり”の見立ても当然、犯人が意図したものではないことになり、“偶然成立した見立てを犯人が利用した”という見慣れた構図*3に落ち着きますが、被害者の取り違えで見立てが成立することになったというのは例がないように思いますし、犯人にとってのアクシデントをうまく使い倒してある*4という印象を受けます。

 最後の[あおの推理]では、第二の事件で犯人が見立てを強調した理由が、アリバイ工作――第一の事件が豪雨の後に起きたと見せかけるためとされています。ここで明らかになる犯行時刻(豪雨の前)が犯人特定に不可欠*5である割に、推理がやや弱い(根拠を欠いている)ようにも思われます*6が、犯人にとってのメリットが他に見当たらないのは確かなので、妥当なところでしょうか。

*1: あおが“いくら愛希さんと茅町さんの二人ともがサングラスをかけていたからといって、男と女、簡単に間違えるとは考えにくいです。ひと言喋れば一発ですし”(76頁)と指摘しています。
*2: “イヴェント参加者はみな七時から、このレストランで晩餐をともにしていた。”(31頁)とされているにもかかわらず、猪田は“ぼくだけ一人の席で”(34頁)と発言し、実際に“猪田のテーブルは向かいに茅町のプレートが置かれているが、料理が運ばれた形跡はなかった。”(35頁)と描写されています。茅町が“完全に正体を隠していた”(57頁)ことと考え合わせると、参加者の一人二役が露骨に示唆されているのですが……。
*3: ご承知のとおり、“見立て”それ自体には犯人にとっての実用的なメリットが少ないので、“見立て”を導入するためにしばしばこのような手法が採用されます。
*4: そう考えると、解決の突破口となる“間違い殺人”を見抜いたももの点数は、“五十点”(103頁)より高くてもよさそうな気がしないでもないですが、細部があまりにもアレなので仕方ないところかもしれません。
*5: あおが挙げた犯人の条件――〈1〉豪雨の後にアリバイのある人物、〈2〉茅町に変装できる体格の人物、〈3〉豪雨直前に黒忍者を目撃したと証言した人物、のうち、〈1〉と〈3〉は犯行が豪雨の前だったことを前提としています。
*6: 【問題篇】の中で、見立てと犯行時刻の関係について言及されています(78頁)が、“犯人が見立てを行ったとすれば、犯行は豪雨の後”とはほぼ確実にいえるとしても、見立て殺人に見せかけた理由は必ずしも犯行時刻の偽装とは限りません。

「夢うつつ殺人事件」

 初唯が耳にした不穏な会話の男女は、位置関係からして美術部関係者と考えられるものの、美術室にいた男子は愛宕本人だけで、隣の美術準備室には女子がいなかった――ということで、会話していたはずの男女二人組が不在という不可解な謎になっています。

 それに対する[ももの推理]では、最初の“ズボンはね二つが一つになっちゃうの”という珍妙な俳句(!?)に頭を抱えてしまいます*7が、愛宕を狙った見立て殺人の計画が別々の会話だったという、大胆な推理が実に鮮やか。男女二人組の問題が解決されるだけでなく、向島先生が美術準備室で愛宕の話をしていたことにも符合するなど、説得力も十分です。

女の台詞男の台詞
「ねえ、あいつホントにむかつくんだけど、なんとかならない?」「愛宕匡司……か」
「何をそんなに驚いてるのよ。(中略)あいつのせいでみんな泣いてるのに」「いや、本当に意外だったから。愛宕ねぇ」
「あいつのせいで無茶苦茶よ。絶対に許さない」「もしかして、お前の経験談なのか?」
「どっちでもいいでしょ! とにかく許せないの」「まあ、あえて詮索はしないが」
「……死ねばいいのに」「おいおい、本気で殺{や}るつもりなのか?(後略)
「だから手伝ってよ。一人だとすぐにばれそうだし」「まあ、そうだろうな。殺るならうまくやらないと」
「お堀幽霊は知らない? そう、この前話した」「あれか。まあ、方法としては悪くないが」
「堀で殺して……お堀幽霊のせいにすればいいのよ。(中略)あれ、かなり怖がってるのよ」「愛宕がか? 意外だな」
「そうなの。結構怯えてるから、幽霊の仕業ってことで絞めちゃえば」「しかし……そう簡単にいくか?」
「殺るしかないわよ。それとも私にここまで云わせておいてやめるの? 臆病者!」「そんなに気負うなよ。ちょっとまあ、考えてみるよ。時間はまだあるし」
「絞めるなら早くしたほうがいいわ。相手も警戒するだろうし」「……仕方ないな。何でも厭なことは俺に押しつけるんだから。で、いつにするんだ?」

 実際に、冒頭で示された会話(116頁~117頁)を二つに分けてみると、上の表のようになります。“やる”という言葉が“殺る”と表記されているのはあざとい気もしますが、“死ねばいいのに”という言葉に引きずられて初唯がそう解釈したというのは納得できるところです。また、女の台詞の方はいいとして、男(向島先生)の台詞が愛宕を部長にする話だとすると、“あれか。まあ、方法としては悪くないが”“厭なこと”といったあたりは少々違和感がないでもないですが、全体としてはうまく組み立てられていると思います。

 しかしこの“会話”、一週間以上たってから相談に来たということもあって、ももとあおに対して初唯が正確に再現できたはずがない*8のが苦しいところですが、[あおの推理]では“誰の台詞か”ではなく話題に着目して“会話”を切り分けてあるのが巧妙。“会話”から、向島先生による愛宕の話を“引き算”することで、残った“お堀幽霊”の話は初唯を狙ったものだとしているのがお見事です。

 初唯が聞いた“会話”が解体されることで、“見立て殺人計画”が存在したのは初唯の話の中だけ――ということで、犯人は美術部関係者ではなく〈初唯の話を聞いた人物〉である、という“反転”もまた鮮やかです。見立て殺人に左手のブロンズ像が使われたことで、初唯の自作自演の可能性が最後にしっかり否定されている*9ところもよくできています。

*7: しかも、直前の“無理の考え道理に似たり”(176頁)が推理のヒントになっていると思われるのがすごいところです(苦笑)。
*8: 【解決篇】ではももが“イジメ計画をって、相生さんをめようとした”(181頁)と説明していますが、“殺る”“絞める”といった言葉がきちんと伝えられているだけでも、大した記憶力というべきではないでしょうか。
*9: 厳密にいえば、田端と同じく初唯の話を聞いたももとあおは除外できないような気もしますが、まあそこはそれ。

「夏の合宿殺人事件」

 [あおの推理(その1)]は、被害者の靴下のかかとが弛んでいたこと*10から、犯行後に死体が移動された――現場は別の場所だったというところから始まり、絡みついた被害者の髪の毛を切る必要があった犯人が、自分の部屋の備品ではなく、死体発見現場のホワイトボード近くの収納棚のハサミを使ったと見せかけた、とするもので、〈ハサミの所在を知っている人物〉と〈死体発見現場に近い部屋の人物〉という条件によって、高山先輩が犯人とされています。

 ……しかしこの推理[あおの推理(その1)]は、[ももの推理]を待つまでもなく微妙な印象があります。問題は、窓辺のテーブルに置かれたもう一つのハサミで、死体発見現場のハサミが使われたと見せかけるのであれば、収納棚の抽斗にしまわれたハサミよりも目につきやすいはずの、そちらのハサミが使われたと偽装する――したがって、死体を窓辺まで引きずっていく(あるいは窓辺のハサミを移動させる)方が自然ではないでしょうか*11

 一方、窓辺にこだわっていた[ももの推理]では、死体の向き――頭が部屋の入り口の方を向いていたことを根拠として、死体が入り口からではなく窓側から移動されたというのに納得……ですが、“犯人が窓から侵入した”というそれまでの推理に引きずられてしまい、そこから先がなかなか見通せないのが巧妙というか何というか(苦笑)

 しかして[あおの推理(その2)]は、死体の掌のマーカーから現場はやはりホワイトボードの前で、犯人は死体を引きずって窓辺まで往復した――ハサミを取りに行ったことを隠すために、死体をホワイトボードの前まで戻したというもので、〈抽斗のハサミを知らなかった人物〉*12と〈髪の毛が引っかかる服装の人物〉という条件から、バレー部員ではなく批評会に参加しなかった友生が犯人という結論は大いに納得できるものです。

*

 結末では、前の二篇でみられた“ももの探偵スタイル”――“解ったり!”という決め台詞や俳句――が、あおのプロデュースによるものであることが示唆されています。この部分を含めて、この作品(の特に後半)だけをみると、ももはあおの掌の上で転がされているような印象も受けます。

 しかし当のあおも、この作品で推理をひっくり返されて焦った際の“混沌が洩れ出てきそうな口を右手で覆い塞ぎ、左手でざわめく胸の鼓動を押さえつける”(268頁)というポーズが、おそらくはそのままになって、(時系列で後になる)前の二篇でも“口許を右手で覆うだけでなく、目を閉じ左手を胸に当てている。”(103頁)“口を右手で覆った。そしてゆっくりと左手で胸を押さえて三十秒”(179頁)と繰り返されているのが見逃せないところ。そしてそれをももが“ここ一番の本気モードだ”(103頁)と、“あおの探偵スタイル”だと認識しているあたり、いいコンビというべきかもしれません。

*10: ここで、靴下やハサミといった手がかりは“後出し”気味になっていますが、これは、あおの“誤った推理”よりも先に読者が真相を見抜いてしまうのを避けるためではないかと考えられます。
 したがって、前の二篇と同じように“読者への挑戦”を挿入するとすれば、手がかりが出そろった[あおの推理(その1)]の後ということになりますが、それでは[あおの推理(その1)]が誤りであることが明らかになってしまうので、この作品のみ“読者への挑戦”なしということになっているのではないでしょうか。もちろん、あおの心理に重点が置かれている中で作者が顔を出すのは無粋だと判断された、ということかもしれませんが。
*11: 犯人が、抽斗の中にハサミがあることを知っていたとしても、そうした方が容疑者が限定されない(〈ハサミの所在を知っている人物〉という条件が使えない)――という効果もありますが、単純に目につきやすい方を利用するのが普通でしょう。
*12: [あおの推理(その1)]の場合と違って、髪の毛を切ることが最優先である犯人としては、存在を知っていれば(窓辺のハサミではなく)手近な抽斗の中のハサミを使おうとするはずなので、この条件が成り立ちます。

2018.04.17読了