鬼刑事VS吸血鬼/田中啓文
- 「天狗隠し」
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ロープウェイからの消失トリックは、状況からするとほぼ“それしかない”というもので、篠塚以外の乗客全員が共犯というところまで見え見えではありますが、アクシデントで思わぬ不可能状況になってしまったとはいえ、篠塚をアリバイの証人にする計画自体はなかなかよくできていると思いますし、磯部から顧客リストさえ奪ってしまえば接点が見えにくいのがうまいところです。
その顧客リストについては、磯部の所持品リスト(68頁)にライターがないという、さりげない手がかりの示し方がお見事。冒頭、磯部が待合室で煙草を吸う場面でも、
“コートのポケットから煙草を出し、これ見よがしにその場で吸い始めた”
(15頁)と、さらりと書いてあるのが巧妙です。煙草を吸わない松山が持っていたライターを、素性を偽っていた小埜(*1)が奪おうとしたところで、これまた見え見えになっている感もないではないですが……。結末では、“天狗”の意外な正体(*2)が明らかになります。山が
“原始時代からその姿を変えていない”
(11頁)だけでなく、“原始時代からの形態を残すトンボ”
(13頁)が生存するという伏線、さらには鬼丸が“物っ怪”ではなく“なにか妙なものの気配”
(67頁)を感知しているという伏線もありますが、古代から生き残ってきた翼竜という真相はさすがに予想外。しかし言われてみると確かに、外見に通じるところがあるように思えます。 - 「刺青の男」
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刺青の“般若”の正体がバフォメットだったという真相がやはり強烈。彫り師の“阿弥陀”という名前もミスディレクションに一役買っている感がありますが、“ダミアン”を逆にしたというのは説得力があるというか何というか。実際に般若とバフォメットを画像検索してみると、かなり違うような気がしないでもないですが、そこはまあ文章ならではの叙述トリック(?)ということで(苦笑)。
刺青の呪いではなく(*3)LSDのカプセルという真相も凄まじいものですし、CTでは
“小脳や脳幹部ははっきり見えない”
(187頁)という手がかりもよくできています。また、もともと天才的な腕の外科医だったという設定もうまいところです。 - 「鬼刑事VS吸血鬼」
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“ジョウシと……ひとつにならねばならぬ”
(225頁)というベニーの言葉で、“ジョウシ”がカタカナ表記されているのは読者をミスリードする狙いだと思われますが、上司=警視総監のもとへ行こうとしているあたり、念の入った仕掛けです(苦笑)。本書の序盤(58頁~59頁)で言及された“三尸の虫”が、“上尸、中尸、下尸の三つに分裂する”
(270頁)というあたりまでくるとさすがにあからさまですが、ベニーが“久能山東照宮にも行ってみた”
(38頁)という伏線が効いてくるのが鮮やか。それにしても、
“吸血鬼は日光に弱いんだよ”
(274頁)というダジャレ(?)が秀逸で、このために家康を吸血鬼にしたのではないかとも思えてくるのですが……。
“テングチョウ”(85頁)は子供の頃に図鑑で見て覚えていたので、田村係長の“冗談”には違和感を覚えたのですが、うまい使い方だと思います。
*2: スナック〈女郎蜘蛛〉のバーテンが、天狗という“物っ怪”が存在しないと語っているのも効果的です。
*3: このあたり、寺沢武一の漫画『コブラ』の“黒龍王”のエピソードを思い出しましたが……。
2018.12.26読了