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パズラクション/霞 流一

2018年発表 ミステリー・リーグ(原書房)
・第一の事件(田久保殺し)

 第一の事件の犯人に関する宝結の推理は、田久保のクロークの番号札(174番)(155頁)*1と、犯人が現場でライターを使ったこと(72頁)を手がかりとして、〈条件1:パーティーに参加していた人物〉〈条件2:黒いスマホが故障していたことを知っていた人物〉で容疑者は羽賀・菊島・毛利・楠枝・ホステスの五人に限定し、〈条件3:赤いスマホの存在を知らなかった人物〉で羽賀と菊島を除外した後、〈条件4:174番の札を自分のものと疑う可能性のあった人物〉で楠枝とホステスを除外するもので、なかなか凝ったロジックになっています。

 番号札については、前提となる〈条件1〉は当然として、楠枝とホステスの番号札が100番だったこと(46頁)に着目して〈条件4〉を導き出す手際がお見事。一方のライターは、それ自体が犯人の条件となるのではなく、現場で照明として使われた*2という解釈に基づき、“スマホを(当初は*3)使わなかったのはなぜか”という疑問を経由して、〈条件2〉〈条件3〉を導き出すのに使われているあたり、手が込んでいます。

 そして逆さ吊りをはじめとする死体の不可解な様相については、メガネのフレームに被害者の唾液が付着していた(74頁)ことを出発点として、犯人(毛利)は田久保が飲み込んだ社章*4を取り出そうとしたという、それなりに納得のいく真相――靴紐で首を縛るのはあまり効果的でないように思えますが――が用意されており、特にメガネのフレームをピンセット代わりにするという発想がユニークです。

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 宝結による“シン相”では、ムーンサルト(逆さ吊り)・ウサギの足(首にぶら下げた靴)・月の形(メガネのレンズ)と、死体の様相が月の見立てに作り変えられています。カムフラージュとしての見立ては常道ですし、死体に残った特徴的な傷*5が決め手となるのもありがちですが、犯人が意図して行った行為がカムフラージュとして脇に追いやられ、犯人の意図しない“副産物”にすぎなかった額の傷がメインに据えられる、主副の逆転が目を引きます。

 “シン犯人”の特定は、まず容疑者が〈生き残っているメイムプランの関係者〉に限定されていることで、〈条件1〉でいきなり羽賀と楠枝の二択となり、〈条件4〉で楠枝が除外されて残った羽賀が“シン犯人”とされる――という、真相に比べるとかなりシンプルなロジックになっていますが、容疑者が減って番号札のみで一人に絞られるだけでなく、ライター(とスマホ)の手がかりを無視することで、羽賀が除外されないように変更されているのが見逃せないところです。

*1: 宝結は、捨てられた番号札が発見されたところで“その札の番号は?”(155頁)と尋ねていますが、田久保の番号自体は、クロークで荷物が見つかった時点(73頁)で判明しているはずです。
*2: 何かを燃やした痕跡が見つかっていないだけでなく、“ガイシャの左袖とその近くの柵にうっすらと微かな焦げ跡が見つかっている”(72頁)ことから、照明という解釈は妥当ですが、最終的にスマホの“ライトが点けっぱなしだった”(70頁~71頁)ことで、照明という使い道が見えにくくなっているところがよくできています。
*3: 妻から電話がかかってきたことで、もう一つのスマホの存在に気づくという流れも絶妙です。
*4: “菊島と同じ社章を付けているが、菊島のものより汚れが薄く、淡い銀色の輝きを放っている。”(37頁)という、何気ない描写にまぎれた手がかりが巧妙です。
*5: 羽賀の“いかつい装飾過多の外国製の時計”(36頁)という描写では、手がかりとしてはやや力不足の感もありますが。

・第二の事件(菊島殺し)

 廃墟が現場となった第二の事件では、地震の影響で転落した死体がロープの先のフックに引っかかって、振り子の要領で離れた一室に放り込まれ、振り子が戻る際に(ご丁寧に)ドアを閉じてしまうという、“振り子の密室”が何とも豪快です。また、内側から施錠されていない側のドアからの出入りを阻止している外廊下の蔓草や苔などは、(雪や砂の代わりに)廃墟ならではの小道具で面白いと思います。

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 死体の移動――死体の密室への侵入という真相に対して、宝結による“シン真相”は犯人の密室からの脱出に変更されていますが、むしろ不可能性が高まって謎解きが困難になるようにも思われるところ、“地震でふさがってしまった抜け穴*6という大胆すぎる、しかし“天井の破損も著しい。マンホール大の窪みもあり”(146頁)といったさりげない“手がかり”を巧みに利用した謎解きにうならされます。

 地震で隠し部屋の壁が倒れたことだけでなく、抜け穴がうまくふさがったところまで偶然なので、““シン犯人”が密室を意図しなかった”という設定は妥当ですが、目撃者候補(トラックの運転手)を配することで、密室を意図しないにもかかわらず、“シン犯人”が素直に南側のドアから出ることなく、施錠まですることになった状況が作り出されているのが周到です。

 “シン犯人”の条件は、実質的には、菊島の精力剤を見立てに使おうとしたことから出てくる〈薬の専門知識のある人物〉(→楠枝・永瀬・羽賀)、〈アリバイのない人物〉(→楠枝・羽賀)、竹の折り方・ライターの焦げ跡・ホタテの貝殻の割り方から示される〈左利きの人物〉(→楠枝)の三つですが、最初の条件については容疑者が厳密には限定されないため、追加の〈車を運転できる人物〉という条件で真緒美を、そして〈ライターを持っていた人物〉という条件で堤と杏奈を除外する――という具合に、少々煩雑になっています。最後の、“腹がぽっこりと出て”(36頁)いる羽賀には、現場からの脱出が不可能だった*7というオチ(?)はご愛嬌。

*6: 以前の某作品((以下伏せ字)『ミステリークラブ』(ここまで)のあるトリックを髣髴とさせるところがあります。
*7: 松尾由美「バルーン・タウンの密室」『バルーン・タウンの殺人』収録)の謎を思い起こさせます。

・第三の事件(毛利殺し)

 第三の事件では、被害者が台車に乗って坂道を駆け下り、その勢いで死体が飛ぶという、これまたいかにもバカミスらしい現象ですが、さらに被害者の服に火がついたことで、ご丁寧に(?)死体が飛んだ痕跡まで残ってしまうのが愉快です。

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 この真相は、“振り子の密室”に比べればまだ蓋然性がありますし、ほぼそのまま*8披露してもよさそうにも思えますが、それでも別の“シン相”に作り変えられているのが律儀というか何というか。被害者が登った脚立ごと振り回すという“シン相”の絵面は非常に面白いですが、犯人の服に火がついたために歩きながら消して回ったというのは、少々苦しいところでしょうか。

 “シン犯人”の特定は、見立てのために枝を切るのに使われた爪切りを“偽の手がかり”として、〈土産物の中に爪切りがあることを知っていた人物〉という条件だけで、毛利と一緒に静岡出張をした永瀬に絞り込まれるというシンプルな手順。“偽の手がかり”を用意する場面(247頁~248頁)もかなりわかりやすく、読者には早い段階で“シン犯人”が見え見え*9なのが少々残念ですが、これについてはもっと前――和戸が毛利から土産物の袋を拝借した時点(179頁)で“シン犯人”を見抜くべき、ということかもしれません。

*8: 発端だけは、“シン犯人”が見立てのために火をつけた、としておいて。
*9: とはいえ、宝結としては“警察が容易に“シン犯人”にたどり着かない程度”の謎であればいいわけですし、見立てによって“同一犯による連続殺人”の可能性も(一応は)示唆されているので、さしたる瑕疵とはいえないでしょう。

・第四の事件(二ノ宮殺し)

 第二の事件と第三の事件を踏まえて、第四の事件ではついに和戸自身が“足跡のない殺人”の状況を作り出しています。死体を重しに使った綱渡りトリックは、特に摩擦の少ない雪の上では死体が滑ってうまくいかないような気もしますが、まあそこはそれ。

 しかして、せっかく作り出した“足跡のない殺人”が“不運のバイオリズム”のせいで、被害者の足跡まで消えたもっと足跡のない殺人”になってしまうのが最高(苦笑)。寺の屋根から雪の板が滑り落ちて足跡が消えるのはまだしも、ゴイサギのバトルで雪の板に穴が空いて死体がすっぽりはまり込むあたり、もはや完全にやりたい放題です。

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 死体の周囲に足跡一つない状況となれば、やはり死体を飛ばすのが手っ取り早い(?)――ということで、宝結による“シン相”は、死体を車の屋根に乗せて、急ブレーキをかけて死体を飛ばすというもの。偶然を駆使して“振りきった”真相に比べると、やや面白味に欠ける感もないではないですが、“雪密室を作ったのはカー(409頁)にはニヤリとさせられた*10ので、個人的には満足。

 宝結による解決では、偽装工作によって作り出した、“シン犯人”が“スタッフ用休憩室に侵入して二ノ宮のロッカーを開けた”という設定から、休憩室の鍵ロッカーの鍵に着目させる手順となっていますが、二ノ宮の服のポケットに突き刺した千枚通しの効果に脱帽。そのポケットに入っていた休憩室の鍵が使われた可能性を封じることで、〈休憩室の鍵を持っている人物〉かつ〈ロッカーの鍵を判別できる人物〉という条件により、一気に堤と杏奈の二人に容疑者を絞り込む手順が巧妙です。そして、“シン犯人”が“二ノ宮のロッカーのドアのストッパーとしてゴミ箱を使った”という偽装から、〈右隣のロッカーを遣えなかった人物〉(→堤が“シン犯人”)という条件が導き出されるところもよくできています。

*10: いうまでもなく、“密室の巨匠”ジョン・ディクスン・カー(“雪密室”を扱った作品もあります)にかけたものです。

* * *

 “血裁”完了後の「EPILOGUE」では、まず“森矢亭”(462頁)に驚愕。“ホームズ”と“ワトスン”とくれば、三人目は当然“モリアーティ”……とは思いもよりませんでした*11が、さらに智恵ヒメが仕組んだ毛利との交換殺人の構図が浮上してくるのも予想外。そして、“ホームズ”・“ワトスン”と“モリアーティ”の対立が生じたところで、智恵ヒメに容疑を向ける“最後の仕掛け”――宝結による“シン相”では回収されなかった、切り株に麻紐をこすりつける偽装工作(317頁~318頁)――が炸裂する趣向は、少々やり過ぎの感もないではないですが、個人的にはその徹底ぶりが気に入りました。

 この最後の趣向も含めて、本書の場合、私見では“偽の手がかり”による真相の相対化の問題は生じない――というのも、本書では倒叙形式により舞台裏を見せてあるからで、“偽の手がかり”を無限に疑う必要はなく、考慮すべきは和戸と宝結による偽装工作の範疇にとどまります。そして、読者が解明すべきは(第一の事件を除いて)真相ではなく、それを出発点として作り変えられた“シン相”であり、相対化ではなく“真相から“シン相”へシフトしている”、ととらえるべきではないでしょうか。

*11: 巻頭の「主要登場人物」でも“智恵ヒメ”(4頁)としか記されていない時点で、そこに何か仕掛けられていることを疑うべきだったかもしれませんが……。

2018.09.11読了