ミステリ&SF感想vol.21

2001.05.15
『マスグレイヴ館の島』 『海の門』 『不在の惑星』 『銀河盗賊ビリイ・アレグロ』 『永遠の終り』


マスグレイヴ館の島  柄刀 一
 2000年発表 (原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドンのベイカー街221Bにある〈英国シャーロック・ホームズ・ソサエティ〉に、ゴールドバーグ・松坂財団からの招待状が届けられた。ホームズものの短編「マスグレイヴ家の儀式」に登場する暗号に含まれるとされる矛盾を踏まえ、孤島の館を舞台に新たな暗号の解読と宝探しのイベントを行うというのだ。現地へ派遣された一乗寺慶子たち一行が館の検証を終え、暗号の解読に挑戦する中、事件が発生した。主催者のレジーナ松坂が自室のベランダから墜死し、松坂家のホームドクターが崖の端へとつながる足跡を残して失踪してしまったのだ。さらに“マスグレイヴ館”でも、“独房”内部での墜落死周囲に食物が散乱する中での餓死など、奇怪な事件が起こっていた……。

[感想]
 “もったいない”――読了直後、まず思ったのがこれです。
 ホームズネタをうまく絡めたプロットや、次々に登場する魅力的な謎、そして柄刀一らしい豪快なトリックなどが非常によくできている反面、その見せ方(演出)がまずいため、大きく損をしています。

 まず、序盤に「マスグレイヴ家の儀式」中の矛盾に対する新解釈を提示しつつ、さらにそれをひねった新しい謎をシャーロッキアンのためのイベントとして持ち込むことで、プロットがうまくつながっていると思います。つまり、導入部としての「マスグレイヴ家の儀式」の新解釈、次にこれを敷衍してつなぎの役割を果たす第二の暗号、そして最後に本命の事件の発生という構造になっているのです。
 これらの謎自体も非常に魅力的です。「マスグレイヴ家の儀式」中の矛盾点は、さすがにシャーロッキアンの研究対象となっているだけあって妥当なものだと思いますが、これについての作者の新解釈は実に見事です。しかもこれに続く第二の暗号は、単に矛盾を排除しただけでなく新たにひねりが加えられています。さらに事件の方でも、特に島に残された死体の不可解な謎が秀逸です。
 そして事件の謎を支えるトリックは、作者の本領が十二分に発揮された出色の出来で、この部分だけみれば傑作といっても過言ではありません。

 しかし残念なことに、演出のまずさがことごとくこれらの効果を損ねています。
 序盤の「マスグレイヴ家の儀式」に関する部分にはかなり多くの頁が割かれていながら、第二の暗号の答についてはエピローグで実にあっさりと説明されるだけで、著しくバランスが悪く、また盛り上がりに欠けています。
 トリックの説明についても不満があります。せっかくの鮮やかなトリックでありながら、それを説明する文章がわかりにくく、インパクトが薄れています。こういう時にこそ図面を活用すればもっとわかりやすくなると思うのですが。

 これ以外にも気になるのが登場人物たちの会話です。例えば、“お母様優秀な娘さんって、何十人と知っていますよ”(34頁;下線は実際には傍点)という皮肉交じりの台詞や、“どこをほっつき歩いていたんですか”という台詞に対する“美しいレディーの口から出る『ほっつき歩く』という言葉は新鮮だった”(98頁)という文章をみると、英国を舞台としているにもかかわらず、どうしても日本語で会話しているとしか思えないため、違和感が感じられます。
 そしてとどめを刺すのがエピローグの最後の一節です。好みが分かれるところかもしれませんが、個人的にはそれまでの雰囲気をぶち壊しにする、完全に場違いなものとしか言いようがありません。

 できるだけ細かいところを気にせず、謎とトリックを味わうことに集中すれば十分に楽しめる作品だと思いますが、やはり“もったいない”という印象がぬぐえません。

2001.04.19読了  [柄刀 一]



海の門 La porte du large  ボアロー/ナルスジャック
 1969年発表 (荒川比呂志訳 ハヤカワ・ミステリ1124・入手困難

[紹介]
 セーブルは決断を迫られていた。事業の一部を任せていた義弟のメリベルの背任行為によって、恐喝を受ける羽目に追い込まれたのだ。当のメリベルは猟銃で頭を撃って自殺してしまった。残されたセーブルは、メリベルではなく自分が自殺したように見せかけ、そのまま失踪することを計画する。使われていない別荘に身を隠し、後事を託した妹のマリ=ロールを待つセーブルだったが、その前に謎の女が姿を現し、やがて事件が……。

[感想]
 社会的地位のある真面目な男・セーブルが、義弟・メリベルの自殺を機に日常から逸脱していく過程を描いた作品です。蒸発願望に駆り立てられて身を隠し、妹・マリ=ロールを待ちながら孤独に耐え、謎の女と出会うことで愛に目覚めていくセーブル。このあたりの心理描写は、ボアロー/ナルスジャックお得意の丁寧なもので、読んでいるうちに引き込まれてしまいます。

 後半に起こる事件、そしてそのネタはそれなりの出来ですが、ここでもセーブルに的を絞った心理描写が効いており、サスペンスとしてまずまずの作品に仕上がっています。なお、ネタについては末尾に付された「後記」がなかなか興味深いです。

 ところで、一つご注意を。登場人物紹介は見てはいけません。私は幸いにして気づきませんでしたが、微妙にネタバレがあります。

2001.04.22読了  [ボアロー/ナルスジャック]



不在の惑星  水見 稜
 1985年発表 (新潮文庫み16-1・入手困難

[紹介]
 地球から遠く離れた惑星トアコル。そこには、地球人と変わらぬ姿のトアコル人たちが、地球の古代中南米とどこか似たところのある文化を築き上げていた。トアコル人の発見から30年の時を経て送り込まれた第二次調査隊の隊員たちは、トアコル人の巫女を通じて交流を深めようとしながらも、トアコルという世界そのものにどこか違和感を感じるようになっていく。一方、トアコル人にとっては、調査隊が到着したその日こそ、追放された神・ケサグニーカの復活が予言されていた日であった……。

[感想]
 トアコルという惑星を舞台に、“神”の不在を描いたSFです。調査隊の到着とともにトアコル人の巫女・リアチェは“神”を感じることができなくなり、追放された神・ケサグニーカの復活を待つ間、トアコルには神が存在しないことになります。そのためか、トアコル人たち自身もどこか存在感を欠いていて、物語は淡々と進んでいきます。

 しかも、調査隊員とトアコル人との間には真のコミュニケーションが存在せず、読者はもどかしさを感じながら読み進めることになります。終盤に訪れるカタストロフィーさえもが淡々と描かれていることで、逆に奇妙な非現実感がかもし出されているようにも思えます。多くの謎が明らかにされないまま残されることもあって、独特な読後感の作品です。題名がすべてを象徴しているのでしょうか。

 なお、同じく惑星トアコルを舞台にした続編『星の導師』(新潮文庫・入手困難)が書かれています。

2001.04.24読了  [水見 稜]



銀河盗賊ビリイ・アレグロ  都筑道夫
 1981年発表 『銀河盗賊ビリイ・アレグロ/暗殺心』創元SF文庫733-03/集英社文庫89-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 宇宙を股にかけて活躍する盗賊ビリイ・アレグロ*1と、パートナーのダイジャの活躍を描いた、スペースオペラ風の連作短編です。困難な標的に挑むビリイたちの痛快な冒険がメインとなっていますが、そこは都筑道夫のこと、ミステリ的な要素も含まれています。
 個人的ベストは、「覆面条例」
 2014年7月、『暗殺心』との合本という形で、創元SF文庫で復刊されました。

「双頭の毒蛇」
 酒場で出会った盗賊仲間との賭に乗ってしまい、王家の秘宝・“ムアラの夜光珠”を盗み出すことになったビリイ・アレグロ。だがその秘宝は王女のへそ飾りとして、寝る間も外されることはないという。王宮に近づくために、双頭の毒蛇が住むという原始林に宇宙船を着陸させたビリイだったが、どこからともなく頭の中に声が……。
 酔っ払って記憶にない賭に始まり、愉快で頼れる相棒ダイジャとの出会い、そして本題の盗みに入ってからも二転三転と、短い中で次から次へと激しく展開する密度の濃い作品。盗みの決着も、またラストの処理も鮮やかです。

「アンドロイド&ロイド」
 ビリイ・アレグロは、有名なアンドロイド製造業者のザカリイ・ロイドから盗みの依頼を受けた。娘のユーサピアにプレゼントした特製のアンドロイド・シーザーを盗み出してほしいというのだ。ユーサピアはシーザーにすっかり夢中になり、駆け落ちしてしまったらしい。規格外の機能も備えた、手ごわいアンドロイドだというのだが……。
 まずは洒落っ気たっぷりの題名に脱帽。内容の方は、いかにして強力なアンドロイドを無事回収するか――といった単純な話ではなく、次第におかしな方向へ進んでいくのが見どころで、最後に用意されている真相はなかなか凝っていますし、その隠し方が巧妙です。

「覆面条例」
 独立都市・アゴンクワナには、市民・観光客を問わず覆面で顔を隠さなければならないという条例があった。その市長であるユリアス・グルダの仮面を外し、顔写真を撮影してきてほしいという依頼を受けたビリイ・アレグロ。依頼主は、覆面を利用して別人が市長になりすましているのではないかと疑っていたのだ。しかし……。
 まず、市民全員が覆面で顔を隠した都市という舞台設定が秀逸で、その幻想的ともいえる光景が非常に魅力的ですし、個人の同定が困難なことでミステリ的な興味が出てくるのもちろんです*2。プロットにもひねりがきいていて、実によくできた作品といえるのではないでしょうか。

「野獣協定」
 趣味の悪い大金持ちヴィゴット・シュルギに招待されたのは、六人の泥棒たち。シュルギは、彼らに自分自身の秘蔵の宝石を盗み出させるというゲームを目論んでいたのだ。だが、屋敷には手ごわい盗難防止装置が備え付けられていた。ビリイはライバルたちの様子をうかがいつつ、必死に宝石のありかを探し続けるが……。
 屋敷に招待された客たちと主人とのゲーム――というストーリーはややありがちな気もしますが、互いに牽制し合いながら盗みに挑む泥棒たちの競争は見ごたえがありますし、宝石の隠し場所とそのヒントはよくできていると思います。ラストはある意味で意表を突いていると同時に、物語の雰囲気には合致しているといえるかもしれません。

「メイド・イン・ジャパン」
 突然、俳優としてスカウトされ、舞台に立つことになったビリイ・アレグロ。日本の古代伝説を題材にした芝居のため、日本人の血を引くビリイに白羽の矢が立てられたのだという。だが、稽古の最中に危険な事故が相次ぎ、ビリイは不審を抱く。はたして、主役の座を奪われた俳優のねたみによる犯行なのか、それとも……?
 ビリイが本業から離れて俳優をつとめる異色作。いきなりビリイがスカウトされる発端*3からして調子の外れた雰囲気ですが、無茶苦茶な芝居の内容がそれに輪をかけています。後半、なかなか判然としなかった“敵”の狙いがようやく見えてきたところで、反撃に転じるビリイのトリッキーな作戦が見どころ。

「顔のない道化師」
 ビリイ・アレグロは、いつの間にか自分が舞台装置のような奇妙な街にいることに気づいた。混乱しているうちに舞台に上げられたビリイは、顔のない道化師と戦う羽目になってしまう――そしてビリイは危険な村に潜入して、そこにある寺の本尊とされている、“顔のなかの顔”という不思議な仮面を盗み出すことになり……。
 ビリイたちが奇妙な事態に巻き込まれるところから始まる作品ですが、前半と後半で木に竹を接いだような内容になっているあたり、あまり好みではありません*4。しかしそれでも、最後に用意されているオチの破壊力が抜群で、最終話にふさわしい壮大な結末に(ニヤリとさせられながら)満足するよりほかないでしょう。

*1: フルネームは“ビリイ・アレグロ・ラトロデクトス・ナルセ”で、日本人の血を引いていることになっています(そしてそれが、「メイド・イン・ジャパン」で生かされています)。
*2: 綾辻行人『奇面館の殺人』などに通じるところがあるようなないような。
*3: ビリイが泥棒だと知ってスカウトする人物の、“役者が泥棒をつとめることは、いくらもある。泥棒が役者をつとめたって、ちっとも不思議はないですよ”(合本204頁)というわけのわからない理屈には、苦笑を禁じ得ません。
*4: 作者の“手癖”というか、他の作品を読んでいると“おなじみの手”が使われているのも、個人的には気になるところです。

2001.04.26再読了
2014.07.29再読了 (2014.08.23改稿)  [都筑道夫]



永遠の終り The End of Eternity  アイザック・アシモフ
 1955年発表 (深町眞理子訳 ハヤカワ文庫SF269・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 人類の平和のために時間を管理する機関〈永遠{エターニティ}。過去を矯正して多くの人々の運命を変えてしまう“技術士”は、“永遠人”の中でも独特の存在だった。厳しい訓練を受けて優秀な技術士となったハーランは、〈永遠〉幹部の直属の部下として時間矯正を行っていた。だが彼は、482世紀で出会った“普通人”の美しい女性・ノイエスと恋に落ちたことで、過酷な運命に巻き込まれていく。この時域で行うべき時間矯正は、愛するノイエスを消滅させてしまうのだ。彼はノイエスを手に入れるため、〈永遠〉に対する反抗を決意するが……。

[感想]
 時間管理機関という存在は他の作者による時間テーマの作品でもよく登場するものですが、それらが過去の改変を防止するためのものであるのに対し、この作品では積極的に過去を改変するものであるところがユニークです。これによって、作中でのM.N.C――“最小必須矯正{ミニマム・ネセサリー・チェンジ}”とM.D.R――“最大有効反応{マキシマム・デザイヤード・レスポンス}”という言葉に代表される、カオス理論でいうところのバタフライ効果が劇的に描かれています。

 物語の方は、有能な技術士となったハーランが〈永遠〉に対する反抗に至る過程が描かれていると同時に、中盤以降は〈永遠〉自体に隠された恐るべき秘密が中心となっていきます。特にこのあたりの展開は、ミステリにも通じる面白さを持っていると思います。そして壮大なスケールのラスト。特に、偶然かもしれませんが、ラストの1行がちょうどページをめくったところに配置されているため、ラストが一層印象深いものになっています(ですから、「解説」を先に探してはいけません)。

 時間をテーマとしたアシモフ唯一の長編であり、まぎれもない傑作です。

2001.05.11再読了  [アイザック・アシモフ]


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