ミステリ&SF感想vol.40

2002.06.04
『ゲスリン最後の事件』 『魔の淵』 『蝉の女王』 『おしゃべり雀の殺人』 『海を見る人』


ゲスリン最後の事件 The List of Adrian Messenger  フィリップ・マクドナルド
 1959年発表 (真野明裕訳 創元推理文庫171-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 作家のエイドリアン・メッセンジャーは、スコットランド・ヤードの友人に1枚のリストを手渡した。そこに住所と氏名が書かれた10人の、現在の消息が知りたいというのだ。だが彼は、その結果を知ることもなく、旅客機墜落事故により死んでしまった。死に際に謎の言葉を残して……。
 調査の結果、リストの10人はいずれも事故死を遂げていることが明らかになった。エイドリアン自身も含めると11人もの死者。彼らの間には一体どのようなつながりが? そして事故死の裏には何が隠されているのか……?

[感想]

 瀬戸川猛資氏の解説にも書かれているように、本格ミステリのパロディというべき作品です。ダイイング・メッセージやミッシング・リンクといった道具立てはいかにも本格ミステリ的ですが、その中身はB級(駄作だというわけではありません)の“怪人対名探偵”といった趣です。もちろん登場人物たちはみな大まじめなのですが、とにかく“敵”の超人ぶりが強調されていて、そればかりが印象に残ってしまいます。途方もない事件に大いに呆れながら楽しむべき作品でしょう。

 なお、本書は後に『エイドリアン・メッセンジャーのリスト』と改題されています。

2002.05.03読了  [フィリップ・マクドナルド]



魔の淵 Rim of the Pit  ヘイク・タルボット
 1944年発表 (小倉多加志訳 ハヤカワ・ミステリ1701)ネタバレ感想

[紹介]
 雪に埋もれた山荘で行われる降霊会。それは、14年前に雪山で命を落とした伐採業者デザナの霊を呼び出して、未亡人のアイリーンが相続した山林の扱いを決めようというものだった。だが、呼び出されたデザナの亡霊は、霊媒をつとめていたアイリーンを口汚く罵って消え去って行った。そしてその夜、密室状態の部屋の中で、アイリーンが頭を割られて殺されてしまう。さらに、次々と怪事が……。

[感想]

 密室長編ミステリの幻の傑作と評されていた作品ですが、正直なところ、それほどでもないように感じられます。雪の山荘を舞台にした怪奇趣味・奇術趣味あふれる事件ということで雰囲気は十分ですし、降霊会での心霊現象に密室状態での殺人、さらには雪の上に残された不可解な足跡など、奇怪な謎は盛り沢山なのですが、その見せ方で損をしているように思えます。これは解決場面で特に顕著で、ごちゃごちゃとした謎をバタバタ解決していくという印象を受けてしまいます。解説では作風の似た作家としてクレイトン・ロースンの名前が挙げられていますが、弱点もまたロースンに通じるように思います。

 とはいえ、謎やプロット自体はまずまずですし、解説で触れられている趣向もよくできていると思います。非常に惜しい作品といえるのではないでしょうか。

2002.05.10読了  [ヘイク・タルボット]



蝉の女王 Cicada Queen  ブルース・スターリング
 1989年発表 (小川 隆訳 ハヤカワ文庫SF822・入手困難

[紹介と感想]
 W.ギブスンとともにサイバーパンクをリードした作者の、初期の作品を収録した日本オリジナル短編集です。
 収録作品は、いずれも長編『スキズマトリックス』へとつながる未来史に属するもので、人体を機械に接続ないし置換する“機械主義者”と、遺伝子工学によって人体を改変する“工作者”との抗争に始まる“ポスト・ヒューマニズム”の時代が描かれています。この2通りの身体改変はなかばイデオロギーの体現、すなわち“ポスト・ヒューマン”としてどのような方向を選ぶかという主張であり、両者の対立は必至です。またその抗争は、異星人〈投資者〉を介した経済ベースの戦争でもあります。このような過激な方向性が、同じく人体改変をテーマとしたC.シェフィールド『プロテウスの啓示』などとの決定的な差異であるともいえるでしょう。
 個人的ベストは「巣」

「巣」 Swarm
 〈工作者〉サイモン・アフリールは、ベテルギウスの周囲をめぐる小惑星を訪れた。そこには、〈群体〉が〈巣〉を作り上げていた。〈女王〉のフェロモンによって支配された15種類もの共生体からなる〈群体〉は、〈工作者〉にとって計り知れない価値を秘めていたのだ。アフリールは、先に送り込まれていた研究員ガリーナ・ミルヌイとともに、化学的な研究を始めたのだが……。
 〈工作者〉こそ登場しているものの、〈機械主義者/工作者〉の未来史からはやや離れたところに位置する作品です。とはいえ、少し違った“ポスト・ヒューマン”の姿が暗示されているともいえます。
 異様なおぞましさを感じさせる〈群体〉の姿も印象的ですが、ラストで暗示される暗澹たる未来図とタイムスケールの壮大さには圧倒されます。

「スパイダー・ローズ」 Spider Rose
 天王星の軌道上に作り上げたクモの巣状の居住区に、ただ一人暮らす〈機械主義者〉の老女〈スパイダー・ローズ〉。彼女のもとへ、異星人〈投資者〉の宇宙船がやってきた。取引の結果、風変わりなペットを〈投資者〉から手に入れた彼女は、やがて少しずつペットの魅力に取り憑かれていく……。
 薬物で感情を抑え、孤独もものともしない頑迷な老婆〈スパイダー・ローズ〉ですが、作者が「あとがき」で言及しているように、ある種の袋小路にあるともいえます。そこから脱出するためにペットを手に入れた彼女は、ラストで思いがけないしっぺ返しを受けますが、それもまた彼女にとって悪い結末ではないのかもしれません。

「蝉の女王」 Cicada Queen
 〈リング議会〉から亡命してきて以来の監視も外され、“ぼく”ことハンス・ランダウは遂に、〈投資者〉の〈女王〉を中心として設立された〈ツァリーナ・クラスター〉に迎え入れられた。だがその矢先に、〈ツァリーナ・クラスター〉の支配する市場を恐慌が襲うという噂が流れる。そして、ぼくの身にも危険が……。
 時代を経るにつれて、“機械主義者vs工作者”という単純な対立の図式が崩れていきます。内的要因としては党派内の対立や分裂があるでしょうし、外的要因としては〈ツァリーナ・クラスター〉の設立が挙げられるでしょう。つまり、主要な対立軸がイデオロギーから経済へと移っていく過程にあるともいえます。
 しかし、経済による支配は一瞬で崩壊してしまうもろさも秘めています。混乱の中で推移する“ポスト・ヒューマン”の覇権を描いたこの作品は、未来史における重要な位置を占めているといえるでしょう。

「火星の神の庭」 Sunken Gardens
 〈ロブスター・キング〉によって設立された〈惑星改造{テラフォーミング}クラスター〉は、今や世界を支配していた。クラスターに加入しようとする小党派は、競技会に勝ち残らなければならなかった。火星のクレーターを舞台に、目指す生態系を作り上げるのだ。かくして、苛烈な競争が始まったのだが……。
 この時代になると、“機械主義者vs工作者”という対立構造はほぼ完全に消滅し、〈惑星改造クラスター〉による一極支配に対して、乱立する小党派がそこに食い込もうとするという構図になっています。惑星改造コンテストというアイデアが秀逸です。

「〈機械主義者/工作者〉の時代――二十の情景」 Life in the Mechanist/Shaper Era: 20 Evocations
 〈工作者〉の一人として“生まれた”ニコライ・レンは、激しい抗争に巻き込まれながら、〈ポスト・ヒューマニズム〉の時代を生き抜いてきた。だが、やがて世界は彼の手に負えないものになっていく……。
 主人公ニコライ・レンの人生をカットアップで描くことにより、背景となる世界を浮き上がらせていく実験的な作品です。ラストシーンで長すぎる人生に終止符を打つニコライの姿には、哀愁さえ感じられます。作品集のラストを飾るにふさわしい作品です。

2002.05.24再読了  [ブルース・スターリング]



おしゃべり雀の殺人 The Talking Sparrow Murders  ダーウィン・L・ティーレット
 1934年発表 (工藤政司訳 国書刊行会 世界探偵小説全集23)

[紹介]
 「雀がしゃべった……」――謎の言葉を残して、年老いた大物実業家はアメリカ人技術者タッツォンの目の前で息絶えた。ヒトラーが政権を掌握し、ナチスのユダヤ人襲撃が頻発するドイツの古都ハイデルベルクで、異邦人タッツォンは謎の連続殺人に巻き込まれていく。毎日決まった時刻に松の木に敬礼する男、不気味なナチ指導者、そして敵か味方か判然としない謎の女性――果たしてタッツォンは、次々に降りかかる難問を解決して、無事にアメリカへ帰ることができるのか……。

[感想]

 この作品は、1934年という時期にドイツ全土を覆い始めたナチスという闇を、ほぼリアルタイムでいち早く明らかにしたという意味で異色の作品です。事件と平行してナチスによるユダヤ人迫害や警察機構との癒着などが執拗に描かれ、スパイ・スリラーめいたプロットも相まって、独特の雰囲気が醸し出されています。しかも、主人公がアメリカ人であることで、ナチスに支配されたドイツの姿が外部からの客観的な視点であらわにされているといえるのではないでしょうか。

 ただ、残念ながらミステリとしてはさほどのものではありません。スリリングな事件ではあるのですが、謎解きはだいぶ物足りなく感じられます。特に序盤の“しゃべる雀”という謎の真相は拍子抜けです。歴史的な意義のある作品であるのは確かですが、〈世界探偵小説全集〉の1冊として刊行するのにはやや疑問も残ります。

2002.05.28読了  [ダーウィン・L・ティーレット]



海を見る人  小林泰三
 2002年発表 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 まず、作者の「あとがき」から引用してみます。

 (前略)ハードSFは科学的な説明を気にかけなければ、ファンタジーとして読むことができるのである。
 もちろん、この短篇集に収録されている作品も、すべてファンタジーとして楽しむことが可能なものばかりである。ハードSFファンはもちろんファンタジーファンにもぜひ読んでいただきたい。
 この言葉通り、舞台設定は完全にハードSFでありながら、ハードSF的な描写や用語を必要最小限にとどめ、ファンタジックな物語を組み上げることで、双方の魅力を両立させた作品集です。つまり、ファンタジー的な現象の描写を中心とし、その原理はかなりの部分が読者の推測に委ねられているのです。やや不親切に感じられる部分もありますが、面白い作品集であることは間違いありません。
 個人的ベストは、「天獄と地国」「海を見る人」
「時計の中のレンズ」
 少年は族長として、一族を〈歪んだ円筒世界〉から〈楕円体世界〉へと導く。南の果てにある山脈〈崑崙〉を登り、岩石が風に舞う低重力の〈カオスの谷〉を越えて、世界を貫く〈光柱〉のもとへ。ひそかに幼い恋心を抱えながら、族長としての責務を全うしようとする彼を待っていたのは……。
 奇妙な世界の姿がなかなかイメージできませんが、終盤に明らかになるその真の姿はやはり途方もないものです。難をいえば、あまりにも短すぎるのではないでしょうか。長編のプロローグで終わってしまっている印象です。

「独裁者の掟」
 互いに争い続ける第一帝国と民主連邦。第一帝国を掌握する総統は、独裁者の常として暗殺の危険にさらされながらも、ひそかにあたためてきたある計画を実行に移す。翻弄され、危機に直面した第一帝国と民主連邦の運命は……?
 ハードSF的要素と物語がやや乖離した1篇。とはいえ、連邦の少年と交流を深める帝国の少女の視点と、独裁を押し進める帝国総統の視点とを対比させる構成によって、奥深い物語に仕上がっています。

「天獄と地国」
 〈飛び地〉の空賊{パイレーツ}による襲撃の合間を縫って、天獄行きの危険もものともせず〈落穂拾い〉を続けるカムロギたち。仲間の一人・カリテイは、〈落穂拾い〉のかたわら古代史を研究し続け、伝説の地国を探し求めていたのだが……。
 世界を再発見する物語です。宇宙船などが存在しているにもかかわらず、奇妙に低下している文明レベル、そして“天獄と地国”という不可解な概念。ラストに至って、主人公たちが実に恐ろしい世界に住んでいることがわかります。

「キャッシュ」
 探偵をやっている“俺”のところに、とんでもない依頼がやってきた。何と、〈世界〉の崩壊を食い止めてほしいというのだ。俺は唖然としたが、呪文を唱えて窓の外の景色を拡大してみると、確かに〈世界〉に亀裂が発生していた……。
 SFミステリめいた作品ですが、やはり世界の設定がユニークです。特に、際限のない魔法の使用に歯止めをかける“魔点”というアイデアは秀逸で、これ1作で終わりにしてしまうのはもったいなく感じられます。事件の解決もなかなか意表を突いています。

「母と子と渦を旋る冒険」
 純一郎君はお母さんに送り出され、宇宙空間を遊びに出かけました。早速面白そうなブラックホールが見つかったのですが、近づきすぎた純一郎君は奇妙な罠に捕らえられてしまいました。何とか抜け出そうと努力しますが、渦のような力が純一郎君を放してくれないのです……。
 ジュヴナイルのような語り口で奇妙な物語が展開されています。恥ずかしながら私は物理が苦手なので、完全には理解できないのが残念ですが、トリッキーな面白い作品であると思います。

「海を見る人」
 山の村の夏祭りの日。浜の村から来た少女・カムロミと出会った“わたし”は、一目で恋に落ちてしまった。彼女もわたしのことを憎からず思ってくれているらしい。だが、二人の恋には障害があった。この世界そのものが、二人を隔てていたのだ……。
 小林泰三版「ロミオとジュリエット」ですが、恋する二人を隔てるのは、山の村と浜の村という世界そのもの。哀しくも美しい結末を生み出しているのもまた、特殊な設定の世界に他ならないのです。

「門」
 量子テレポート技術の確立によって、広大な世界へと広がった人類。宇宙空間に発見された謎の構造物〈門〉のそばに築かれたこのコロニーに、はるか太陽系政府から宇宙艦が送りこまれてきた。どうやら〈門〉を破壊するつもりらしいのだが……。
 これまたハードSFならではの恋愛小説です。オチは途中で見えてしまいますが、それでもなお、ラストは強い印象を残します。

2002.05.29読了  [小林泰三]


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