ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.217 > 
  4. スノーホワイト

スノーホワイト/森川智喜

2013年発表 講談社文庫 も52-2(講談社)

 まず、「第一部 襟音ママエの事件簿」について。

「ハンケチと白雪姫」
 穴あきの板が使われたことを知っていれば、“板の切れ端”(18頁)をそれに関連づけて考えることはできるでしょうが、その逆方向はまず無理。板の切れ端だけをみても、そもそも手品と関連があるのかどうかすら定かではないはずです。
 “コーラが少しだけ波立った”(20頁)の方は、タイミングからして手品との関連を疑うことはできるでしょうが、そこから“(テーブルではなく))テーブルクロスが動いた”とまでいえるかどうかは疑問で、これも真相を先に知っていなければ不可能な推理ではないかと思われます。

「糸と白雪姫」
 依頼人が“身体を動かすのは本当に嫌いだし、苦手”(51頁)であるにもかかわらず、“テニスグッズ、スポーツウェア売り場”(50頁)に足を運んだ事実から、連れの存在を導く推理は十分に蓋然性が高く、よくできた手がかりだと思います。
 ただしそこから先、その連れを自転車盗難と結びつける材料はまったく見当たらないので、依頼人の話だけで真相を見抜くのは不可能でしょう。

「毒と白雪姫」
 ピザに仕掛けた毒殺トリックは、目印つきのサラミを使って毒の“配布”を比較的簡単にしてあるところが巧妙ですし、“偽の犯人”である国北夫人の口を封じるための、二段構えの策略が実に周到です。
 そして毒殺トリックがよくできているがゆえに、真相を解明するのはかなり困難です。毒を仕掛けた三途川本人であれば、サラミの移動を目撃したと証言して“真相”を解き明かすこともできそうですが、ピザの写真を撮影でもしていない限り、他の探偵にとっての手がかりは見当たりません*1
 目にしていないはずの予告状に言及してしまい、窮地に陥ったママエですが、それを助ける緋山の〈推理〉は――綱渡りではあるものの――なかなかよくできていますし、“損害賠償異例判決”の記事の“償”の文字に着目してあるところが面白いと思います*2

* * *

 続いて、「第二部 リンゴをどうぞ」について。

*

 まず目を引くのは、集中治療室の緋山を毒殺する計画を盗み聞きした“八人目の小人”の謎。小人たちが七つの集中治療室を監視するので手一杯だとしたダイナの推理(309頁)は一見妥当なもので、そのために小人の出現が強烈な謎となっていますが、“縁起が悪いのでB4がない”というのもうなずけるところですし、“薬品倉庫A”“倉庫B”(280頁)というさりげない手がかりがよくできています。

 しかしながら、これはそもそも小人たちの所在を――あるいはホテルの部屋が監視されているか否かを、鏡に尋ねればそれですんでしまう話。しかも、実際にダイナの質問で鏡が小人たち全員の所在を答えかけている*3にもかかわらず、なぜかそれをわざわざ三途川が遮ったのが意味不明。小人による監視を放置しておくことは、三途川にとっても何らメリットがないと考えられるので、ここでは100%作者の都合で不合理な行動をとらされている、といわざるを得ないのが難点です。

*

 次に、三途川が仕掛けた“鏡爆弾”については、光量と音量が調節できることが示されているとはいえ、いわば“表示装置”にすぎない鏡がそこまで非常識なスペックを備えているとは考えにくいので、読者がそれを想定することはできようはずがないでしょう。つまり、作者が“そこまでできる”と書いているのはほとんど“後出し”に近く、読者としては「ああそうですか(棒読み)」となってしまいます。

 しかも、“鏡爆弾”の動作に関する説明が不可解。作中には“鏡が爆発する”(357頁)とありますが、鏡は強い光と大きな音を放射するだけのはずで、何が“爆発”するのか、なぜ“鏡自身も壊れて”(355頁)しまうのか、さっぱりわかりません。

 実際には、鏡から放射された光と音が当たる病室のドア*4(の一部分)が、光を受けて瞬時に高熱を発するとともに音による振動の影響で“爆発”することまではありそうですし、その衝撃で鏡が壊れることもあるかもしれません。が、鏡が壊れれば当然、光と音の放射もその時点で止まりますし、ドアが爆発しただけでは緋山に致命傷を与えられるかどうか不明です。そして、特に光についてはそれほど広範囲に拡散するとは考えられませんし、爆薬が仕掛けられているわけでもないのですから、“病院のワンフロアを丸々吹き飛ばしてしまう”(355頁)のは不可能でしょう。

 もちろん、作中に“それが可能なことは、すでに鏡に尋ねて確認して”(355頁)ある、と書かれている以上、何だかよくわからない不合理なメカニズムでそうなる、と考えるよりほかないのかもしれませんが、それはつまり納得できるだけの説明を欠いた「第一部」でのママエの謎解きとまったくの相似形にほかならない、といえるのではないでしょうか。

*

 そして最後の緋山による謎解きですが、三途川の言葉から“ママエの鏡が壊れていない”とする推理は妥当なものの、鏡が壊れたと見せかけるトリックの杜撰さは、いかんともしがたいものがあります。

 偽の鏡の破片をばらまくギミックはともかく、“鏡の背後の光景を映せ”(370頁)という指令で、“手鏡から、鏡だけすっぽり取ったのと、見た目の区別がつかなくなります。”(371頁)というのはいくら何でも無茶。実際には“鏡の代わりにガラス板がある”状態に近いはずですから、遠くから見るだけならまだ成立する余地もあるかもしれませんが、近くで見る手鏡でそれに気づかないというのは、失礼ながらママエらの目が揃いも揃って節穴ばかりといわざるを得ないように思います。

 ちなみに、“手鏡から、鏡だけすっぽり取った”という記述から、手鏡には(カバーイラストに描かれているように)枠があるのは間違いないと思われますが、“鏡の背後の光景という記述をみると、作者は鏡の裏側が露出した(周囲の枠しかない)ものを想定しているようにも思えます。その場合、鏡の存在が一層気づかれやすくなるのはいうまでもありません*5

 さらにいえば、ママエがテーブルの上に並べられた鏡の破片”(268頁)に質問する場面も、普通に考えれば破片を元の枠にはめるように並べるのが自然なはずですが、それではさすがにママエも鏡が“ある”ことに気づくので、作者があえて不自然な行動をとらせたと考えられます。またこの場面で、なぜかママエが“ドドソベリイドソドベリイ!”と唱えている様子がないのも、それで三途川の指令がリセットされるのを回避するための姑息な手段ということでしょう。

 このように、ママエらはよく確認することのないまま鏡が壊れたことを鵜呑みにして行動しているようなのですが、対する三途川の方も、これほどちゃちなトリックが見破られないでいることを当てにして、鏡をママエの手元に置いたままでいたわけで、どちらも間が抜けているというべきか、全員がメルヘン世界の住人なので仕方ないというべきか……。

* * *

*1: ママエ自身はもちろんサラミの移動に気づいていませんでしたし、ママエによるトリックの説明を受けてもそれを裏付ける証言をしていないことから、緋山も気づいていなかったということになるでしょう。
*2: その記事の横に書かれた、当の緋山が関わった銀行強盗の記事に読者の目を引きつけてあるのも、心憎いところです。
*3: 鏡の回答は“小人たちは監視を行っています。病院の地下では、集中治療室一つごとに、一人の小人が監視を行っています。また――”(306頁)というもので、真相が明かされてみると、ホテルの部屋を監視する小人の存在を告げようとしていたことは明らかです。
*4: 緋山が病室からリンゴを投げつけて鏡を壊していることから、鏡はドアに向けられていたと考えていいのではないでしょうか。
*5: 手鏡を裏から見れば一目瞭然ですし、ある程度傾けるだけでも“鏡の背後の光景”と視線がずれることになります。もちろん、鏡に触れれば一発。

2014.03.05読了