本書のポイントとなるのは、主に以下の3点でしょう。
- 1.性別誤認トリック
- 本書では、男性である六人部万理を女性だと誤認させるトリックが使われていますが、特に叙述トリックではあまり例がありません。
叙述トリックで女性を男性と誤認させるのは、例えば語り口を中性的なものにするなどすればそれほど難しいことではありませんが、その逆はかなり困難です。本書の場合は、バイセクシュアルという特殊な設定に大部分を負っている(服装や言動、あるいは一日宮和徳との関係など)とはいえ、“六人部万理”という名前の名字の部分にだけルビを振る小技(18頁)など、なかなか面白いトリックだと思います。
万理が男性であることを示唆する直接的な伏線が、五百棲2号の“この変態ヤロー” という台詞(227頁)くらいしか見当たらないのが難点でしょうか。一日宮和徳がゲイのデモ行進のそばにいたこと(185頁)も伏線といえなくはないかもしれませんが、こちらはやはり弱いといわざるを得ません。
もっとも、“最後の一行”まで行かなくともその直前あたり(252〜254頁)で、万理が九十瀬智恵と十余島喜子を殺したことが示唆されている(智恵を殺したと明言しているわけではありませんが)ので、万理が男性であることに思い至ることも可能でしょう。
- 2.二つのパートの交錯
- 本書は「殺人の……」で統一されたパート(以下「Aパート」という)と、「もうひとつの殺人舞台」と題されたパート(以下「Bパート」という)から構成されていますが、「Bパート」の(九十瀬智恵殺しの)犯人である六人部万理が「Aパート」の(四月園子殺しの)犯人を推理し、その犯人である三諸克也が「Bパート」の事件を追うという構図になっています。つまり、当初から明らかにされている、六連続殺人を犯した六人部万理が推理するという意味での“犯人=探偵役”に加えて、“Aパートの犯人=Bパートの探偵役”かつ“Bパートの犯人=Aパートの探偵役”という、交錯した“犯人=探偵役”の図式が隠されているわけで、非常にユニークな趣向といえるのではないでしょうか。
[犯人=探偵役の図式]
| Aパート | Bパート |
六人部万理 | 探偵役 | 犯人 |
三諸克也 | 犯人 | 探偵役 |
まず、六人部万理が九十瀬智恵殺しの犯人であることは、前述の性別誤認トリックによって厳重に隠されています。三諸が目撃した犯人は男性なので、万理を女性だと誤認させられている限り疑惑の対象から外さざるを得ません。
伏線としては、犯人がM大学の学生であること(「もうひとつの殺人舞台(五)」)や、金色のライターなどが挙げられます。が、前者については“学部とか年齢は見えなかったけど、それは後で学生名簿で調べて” と書かれていることから英文学科のみのファイルではないと考えられるので、それ以上は絞り込めませんし、後者も九十瀬智恵殺しの場面でははっきり“ライター”と書かれているわけではないので、いずれもやや力不足といえます。
ただ、本書があくまでも一つの作品だということを考えれば、二つのパートが最終的に合流することは当然予測できるので、Aパートの登場人物の中で唯一終盤まで生き残っている万理が犯人だと見抜くことも不可能ではないかもしれません。ついでにいえば、登場人物の名字に一から十までの数字が割り当てられていることが、犯人たるべき他の登場人物がいないことを示唆しているともいえるでしょう。
一方、四月園子殺しの真犯人は、“嵐の山荘”という設定と、万理による一応の“解決”(園子の自殺)によって隠されています。が、前者については土砂崩れなど起きていないことが終章直前(「殺人の混沌」)で示されていますし、後者についてはやはり無理がありすぎるので、外部犯の可能性を想定することもそれほど難しくはないのではないでしょうか。
真相が明らかになってみると、捜査主任が指摘した九十瀬智恵殺しと“通り魔”事件との関連に対しての、“三諸としては、それは絶対にあり得ないと判ってはいた” (93頁)という独白にニヤリとさせられます。
- 3.別荘に集まった理由
- 一日宮和徳の別荘に集まってきたのは、ホステス殺害事件(五百棲)、幼女連続殺害事件(二野瓶)、髪切り魔事件(七座)、通り魔事件(三諸)、食人鬼騒動(八重原)の犯人たちだったわけですが、いずれも
“南の方角から得た日々の実りを活かせば大吉” という新聞の『今日の運勢』を“北の方角の一日宮を殺せば大吉” (255頁)と読み替えたというのが無茶苦茶(ほめ言葉)です。しかも、やたらに大人数になった原因が、2月・6月・11月が共通という手抜き仕事や、一日宮に娘がいるという誤った記事だというのも笑えます。
しかし、その中にあってただ一人、『今日の運勢』を文字通りに受け取った園子の立場は……。
2006.02.18再読了 |