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奇動捜査 ウルフォース/霞 流一

2013年発表 ノン・ノベル(祥伝社)

 冒頭の徳井亮一殺しでは、死体に異様な“装飾”が施されていますが、まず被害者によるダイイングメッセージ――演歌を示すマイク――が先にあり、そこに犯人がカムフラージュのために定規などを付け加えたことで、一見すると意味不明なものになっているところがよくできています*1。しかしそれだけではなく、そのダイイングメッセージ自体が犯人を指し示すものではないのが注目すべきところで、そのために捜査陣や読者にとってはそれがダイイングメッセージであることすらわからないのが面白いと思います。

 たとえマイクが演歌=月我峰貴雄を指すことまで読み取れたとしても、その内容から被害者が残したメッセージとは考えにくく、月我峰記念館の関係者を狙う犯人のメッセージだと考えるのが自然なところで、後に登場する〈イリュージョン演歌〉をイメージしたオブジェ――これもまさか犯人に向けたメッセージだとは考えにくいでしょう――も相まって、非常に強力なミスディレクションとなっています。

 このあたりの奇妙な“顛倒”が生じているのはもちろん、犯人以外の容疑者は犯人を知っていて、犯人自身はその状況を知らなかった”(346頁~347頁)という異色の構図*2ゆえのこと。とりわけ“古参チーム”の面々は、徳井が殺されるよりも前に若杉仁志が殺人犯であることを知っており、徳井が殺された後も犯人を知りながら放置するどころか、“新鋭チーム”を排除するために犯人を利用するというとんでもない事態になっています。そして、“新鋭チーム”を標的として犯人に差し出すのみならず、〈マイク〉と〈飛び降り〉で“古参チーム”に情報を伝えた徳井の死に様は、壮絶というか何というか*3

 〈飛び降り〉で示された半年前の石井敏樹殺しについては、“目撃者=犯人”という(事件全体の中では今ひとつ地味(?)に感じられるものの)大胆なトリックが用意されているのが見逃せないところです。若杉の犯行が露見するきっかけとなる失言も、さらっと読んでしまうとわかりにくい絶妙なものになっていますし、最初に“心中事件”の話題が出た時に示唆されている、丸吉光代の若杉に対する思いが伏線となっているのも印象的。

 徳井殺しに続く島津誠治郎殺しにはさほど不可解な謎はありませんが、その次の奈良浜周作殺しは再びの異様な“装飾”に密室状況と、見ごたえのあるものになっています。が、ここでも――石井敏樹殺しのトリックや徳井殺しでのマイクなどと同様に――犯人以外の人物による工作となっているところに統一感がある、といってもいいのではないでしょうか。密室はいわゆる“内出血密室”ですが、被害者の女装によって不可解な“犯人消失”を演出してある*4のがうまいところですし、女装趣味を知られないようにするために刺されたことを隠したという心理も自然です。また、死体が墨汁まみれになっていた理由もよくできていると思います。

 一連の事件の背景となっていたのは、伝説の演歌歌手・月我峰貴雄にまつわる秘密ですが、実は女性だったという真相にはさすがに仰天。手がかりや伏線こそ見当たりませんが、凄まじいB級感をかもし出していた記念館の腕相撲ロボットや海パンの中身(!)などが、すべて周到なミスディレクションに変貌するのが実に鮮やかです。

 そして、女性であったという事実が、自身の歌声の後継者を残すという野望の障害となり(297頁)、妄執がエスカレートして“人間改造”にまで至ったというのが凄まじいところです。その一方で、“歌声の遺伝子”が自身の娘・石井彩華に受け継がれたことを知らぬまま亡くなったこと、さらには彩華がその歌声を“古参チーム”への罠に利用したことなど、実に皮肉な顛末が印象に残ります。

*1: すぐには思い出せませんが、少なくともここまでは前例もあると思います。
*2: 考えてみると、本書で消去法による犯人特定の手順――というか、“皆を集めてさてと言い”という定番――が採用されていないのも、これが一因なのかもしれません。犯人を知っている容疑者たちとしては、持って回った謎解きを披露されても白けるよりほかないでしょうから。
*3: このあたり、『夕陽はかえる』『落日のコンドル』の殺し屋(影ジェント)に通じるところもあるような……。
*4: “内出血密室”――致命的な一撃を与えられた被害者が密室を構成して事切れる――では、犯人が密室内に入るどころか近づく必要さえないわけですから、“密室に入った犯人(らしき人物)が消失した”という形をとるのは珍しいと思われます。

2013.11.30読了