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十角館の殺人/綾辻行人 |
1987年発表 講談社ノベルス(講談社)/(講談社文庫 あ52-14(講談社)) |
「第九章 五日目」まででオルツィ、カー、ルルゥ、アガサ、ポゥが殺されてエラリィとヴァンの二人が残り、さらに「第十章 六日目」で十角館が炎上して全員死亡という状況が知らされることで、嫌でもA.クリスティ『そして誰もいなくなった』の結末を連想させられる中、 仕掛けとしては、叙述トリックによる一人二役(→拙文「叙述トリック分類#[A-1-1]一人二役」を参照)の典型で、同一人物である「島」の“ヴァン”と「本土」の“守須恭一”を別人だと偽装するトリックです。今となってはかなりありふれたものになっている感がありますが、本書が最初に刊行された1987年当時は叙述トリック自体がさほど使われていなかったように記憶しています(*1)。 真相を隠蔽するために、犯人である“ヴァン/守須”の心理描写がかなり制限されている中、アガサの死体を発見する場面(ノベルス192頁〜194頁/〈新装改訂版〉309頁〜311頁)のヴァンの驚愕と動揺が見事。いつ発動するかまったくわからない口紅の仕掛けを生かした“本物”の驚愕により、ヴァンが犯人ではないと印象づけているのが実に巧妙です。 また本土のパートでは、島田潔に“こなん”と呼ばれる江南孝明が“ドイル”の名を与えられている(ノベルス72頁/〈新装改訂版〉109頁)ことが、守須についても同じような――そして島田修警部が口にしている(ノベルス248頁/〈新装改訂版〉401頁)ような――“もりす”→“ルブラン”という連想を誘うミスディレクションとなっています。
ちなみに、講談社文庫〈新装改訂版〉には そしてもちろん、二つのパートが分断された構成、あるいは『そして誰もいなくなった』による先入観のせいで、“島”と“本土”が隔絶されていると錯覚させられてしまうのがうまいところ。ルルゥ殺害現場に残された足跡の手がかりによって、犯人が外部から角島を訪れていることが示唆されはするものの、早い段階からほのめかされている“中村青司の影”がここで効果的な煙幕となり、“学生7人+外部犯”という図式にとらわれてしまうのも見逃せないところでしょう。
終盤には、十角館地下の隠し部屋の奥に死体が発見される(*2)とともに、 本土にいる人間が犯人であることまで到達できたとしても、“ヴァン/守須”が犯人であることを示す手がかりはなく、本書が謎解きという意味で弱点を抱えているのは確かだと思います。ただ、本書が下敷きにしているA.クリスティ『そして誰もいなくなった』をみてみると、そちらで犯人の意を受けて島の売買など細かい手続きを行った人物の名前が“アイザック・モリス”(*3)だというのは、なかなか暗示的だといえるのではないでしょうか。
*1: 実をいえば、初読時には叙述トリックをほぼ未体験だったので、
“ヴァン・ダインです”では真相がわからずに「ん? もう一人いたのか?」と勘違いしてしまい(恥)、「第十一章 七日目」の新聞記事で死者が一人足りないことに気づいて、ようやく真相を理解した次第です。 *2: この期に及んで “青司は、もう一体、どこかから身代わりの死体を調達してきてた”(ノベルス273頁/〈新装改訂版〉442頁(ただし若干表現が違います))と、あくまでも“青司犯人説”に固執してしまうエラリィが何ともいえません。 *3: 「エピローグ」を参照(クリスティー文庫333頁)。 2010.06.17再読了 |
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