びっくり館の殺人/綾辻行人
三知也ら一行が古屋敷老人の死体を発見する場面を描いた「びっくり館の密室」の章で、ドアにも窓にも異状がないこと、さらには“七色のびっくり箱”が一つも開けられていないこと(*1)が示され、新名さんが“密室――だったんだね、この部屋は。”
と口にし、最後に“この殺人現場は完全な密室状態にあった”
(いずれも26頁)と念を押されることで、読者としてはいわゆる“密室殺人”――密室内に被害者だけが残され、犯人が不在の(ように見える)状況だとミスリードされずにはいられないところでしょう。
もちろん、いわゆる“密室殺人”のトリックの中にも〈犯人が密室内に残っていた〉というものはあるのですが、しかしその場合でも〈犯人が不在のように見える〉偽装が行われるのが普通で、犯人の所在が他の登場人物に認識されているというのは肩透かしの感を禁じ得ないところではあります。とはいえ、これはやはり、いわゆる“密室殺人”(犯人が室内にいない)と誤認させる叙述トリックととらえるべきだと思います。
そしてその中核を担うのが、犯人の存在を隠匿する叙述トリック――人間を人形と誤認させる叙述トリックです。このトリックには前例(*2)もありますが、本書では一人称の語り手である三知也が地の文で、人形の扮装をした俊生を「リリカ」と表現しているのが見逃せません。一人称の語り手が、内面の独白に相当する地の文で事実に反する表現をするのは、通常であれば作中の登場人物である語り手が作品外の読者に向けてトリックを仕掛けるという不自然な状態となってしまうのですが、本書の場合には「びっくり館の誕生会」の章のラストから「びっくり館縁起」の章で「リリカ」の姿を目にした三知也が、それを俊生ではなく「リリカ」と表現せざるを得ないのも理解できるところで、よくできた仕掛けだといえるのではないでしょうか。
実のところ、死体が発見された後の“(前略)出入口がすべて内側から閉ざされた密室の中で、古屋敷氏は殺されたのだ。つまり――だから、犯人はやはり……。”
(26頁)という記述で、現場の密室状況が(謎ではなく)犯人特定の決め手となっていることが示唆されており、さらに「びっくり館の腹話術人形」の章で人形のリリカの名が括弧でくくられていないことに気づけば、真相を見抜くことも十分に可能でしょう。
死体を発見した際に、現場が密室であることを確認して犯人に思い至った三知也らは、“秘密のドア”を開くことで密室状況でなかったと偽装していますが、ここで某有名海外作品(*3)を連想させる“先にしなければならないことをした”
(26頁)という記述に、思わずニヤリとさせられます。
*2: 少なくとも、2003年に発表された国内作家の長編で同じようなトリックが使われています。ちなみにこの作品は、(以下伏せ字)括弧の使い方(ここまで)も本書に通じるところがあります。
*3: もちろん、(作家名)アガサ・クリスティ(ここまで)の長編(作品名)『アクロイド殺し』(ここまで)のことです。
2010.07.04読了