花面祭/山田正紀
1995年発表 (中央公論社)
まずは、四天王の章の事件から。
- 「菅原頼子」
- 芦田挿花の事件に関する頼子の推理には、かなり無理があります。空気中でシアン化カリウムからシアン化水素が気化するには、かなり時間がかかるはず(この点には最後に頼子も気づいていますが)ですし、後に残るのは“甘ったるい臭い”ではなく、いわゆるアーモンド臭であるはずです。ただ、臭いの方はさておき、何らかの時限装置を使ってシアン化カリウムを酸と接触させることが可能だとは思います。
むしろこの章では、藍草の事件におけるカラスや椿の花といった伏線に着目すべきでしょう。いずれも完全にフェアとはいいがたい面もありますが。
- 「若槻佐和子」
- 死んだ春好が手にしていた桜の枝から、三通りの解釈が導かれる点が面白いところです。しかし実際に決め手になるのは真水が活けていたナノハナの方であり、“アンチ・ダイイングメッセージ”ともいうべき事件でしょう。
- 「小室柚子」
- 氷を使って死亡時刻を誤認させるトリックはありがちなものですが、花の配達によってそれを可能とした点、さらには柚子のアルバイトをミスディレクションとしている点はよくできています。また、君村の恋人が反転する構図は鮮やかです(余談ですが、このモチーフは(以下伏せ字)「人喰い谷」(『人喰いの時代』収録)(ここまで)でも使用されています)。
- 「池田鮎子」
- 安藤が鮎子の目の前で、裁ち鋏で喉を突くしぐさをしてみせる場面が、重要な伏線となっています。容易に殺人が行える状況が、見事に作り出されています。
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挿花の日記に仕掛けられたトリックについては、順序の変更の方は細かすぎてややわかりにくい部分がありますが、指紋の方はよくできていると思います。そして何より、その狙いが秀逸です。また、この伊沢の計画が、プロローグとエピローグの見事な相似を作り出すのに貢献しているといえるでしょう。
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探偵役でありながら、山岸の扱いはひどすぎるようにも思います。しかし、あくまでもこの作品の主役は“しきの花”を代表とする花の美と魔力であって、いかに知力にすぐれていようとも、花の美と魔力に囚われていない人物は主役たり得ない、ということを際立たせるのが作者の意図だったのではないでしょうか。
2000.09.17再読了