おとり捜査官1 触覚/山田正紀
捜査線上に次々と新たな容疑者が浮上してくるというひねくれたプロットが本書の大きな見どころとなっていますが、手がかりが少なく容疑者を絞り込みにくい事件の性格がうまく生かされていると思います。
浮浪者の黒木の偽証によって容疑者となった古田、そして被害者が髪を切られていたことをきっかけに疑いがかかった相沢は別として、清掃のアルバイトという立場の阿部、さらに配送員の制服で変装可能な夕張武史などをみると、“なぜ被害者は警戒しなかったのか?”という疑問につながる“見えない人”トリックがテーマになっているといえます。
その“なぜ被害者は警戒しなかったのか?”のみならず、阿部以外の容疑者についてはさほど考慮されないまま置き去りにされてきた感のある、“犯人はどうやって女子トイレに入り込んだのか?”までも一挙に解決する最後の“見えない人”が、犯人=女性という真相ですが、捜査を通じて“被害者たちが痴漢に遭った”という共通点がクローズアップされることで、真相が巧妙に隠蔽されているところがよくできています。
もっとも、第四の被害者のスカートに残された掌紋から“ファンデーションの成分”
(朝日文庫版271頁)が検出され、夕張武史の妻(直美)が“メークアップ・アーティスト”
(朝日文庫版272頁)の勉強をしていることが判明するに至って、最後のどんでん返しを予測することは決して難しくはなくなるように思います。
結末に配されている、狂気をはらんだ犯人・夕張直美の告白は、さすがに空恐ろしいものがあります。夕張武史に対する歪んだ愛情とみることができる部分もありますが、“女の子たちが電車で武史さんを誘う”
(朝日文庫版317頁)という見方が、“男に襲われるような女はその女にも隙がある”
(朝日文庫版76頁)という偏見そのままに等しいところが何ともいえません。もちろんその裏には、“自分だけは(痴漢に遭った)他の女性とは違う”と思い込みたい心理が働いているのでしょうが……。
なお、いつの間にか留置場から姿を消していた浮浪者の黒木は、シリーズ続巻につながる伏線として用意されていた節があるのですが、結局は最終巻に至るまで生かされないまま終わっているのが残念なところです。
2000.10.03再読了2009.03.11再読了 (2009.03.29改稿)