おとり捜査官2 視覚/山田正紀
本書の中心となるトリックはもちろんアリバイトリックなのですが、それが今ひとつわかりにくいものになっているのは、ネタバレなしの感想に書いた“サイコスリラーとしての文脈と息をもつかせぬ目まぐるしい展開との陰に隠れて目立たなくなっている”
という理由以上に、意外な犯人という趣向が組み合わされていることによる部分が大きいと考えられます。
そもそもアリバイトリックは、“特定の容疑者にとって犯行が不可能だった”という状況を演出するものですから、犯人の容疑が濃厚にならない限りは不可能状況であることが認識されにくいということになります。本書では、物語終盤に正岡則男が容疑者として再浮上して初めてそのアリバイに(再び)焦点が当てられるわけですが、そこから一般的なアリバイ崩しを行うのはいたずらに冗長になってしまうので、作中でさらりと説明されているのも致し方ないといえるでしょう。
もっとも、物語前半で正岡の容疑が晴れる根拠となったアリバイが、北見志穂の尽力によってかろうじて成立しているあたりはなかなか巧妙で、簡単に成立するアリバイよりも遥かに強く印象に残る――と同時に“犯人ではなさそうだ”という先入観を与える――という効果があるのは間違いないでしょう。
そしてそのアリバイトリックは、被害者の身元の混同を利用した犯行時刻の錯誤という、非常にユニークなものになっています。
まず最初に切断された右足だけが発見されることにより、(その時点では)被害者の身元が特定できない一方で犯行時刻が特定される(*1)のがポイントで、その右足が“消失”した後に他の部分が次々と発見されていく結果、切断された死体全体が一人の被害者のものとみなされ――高野朋子殺しと小室京子殺しという二つの事件が混同されることで、小室京子殺しについての犯行時刻の誤認が生じているのです。
二つの事件の混同(もしくはすり替え)を利用したアリバイトリックとしては、某新本格作家による前例(*2)と、国内作家による近年の某話題作(*3)という後例くらいしか思い当たりません。そして本書は、(“アリバイもの”にはあまりそぐわない)バラバラ殺人の猟奇性を前面に出すことで“アリバイもの”であることを巧みに隠蔽しつつ、バラバラ殺人ならではのアリバイトリックを構築した点が実に見事だといえるでしょう。
*2: (作家名)有栖川有栖(ここまで)の長編(作品名)『マジックミラー』(ここまで)。ちなみに、こちらはいわば“特殊解”になるのに対して、本書のトリックは“一般解”といえます。
*3: (作家名)東野圭吾(ここまで)の長編(作品名)『容疑者Xの献身』(ここまで)。この作品はどちらかといえば、“古典的なすり替えトリックの新たな応用”という印象が強いものになっています。
2000.10.05再読了
2009.04.10再読了 (2009.04.30改稿)