おとり捜査官3 聴覚/山田正紀
営利誘拐における犯人にとっての大きな難題としては、(1)人質の扱い、(2)身代金の要求、(3)身代金の受け渡し、の三点が挙げられるかと思いますが、トリッキーな犯罪ゲーム小説を得意とする山田正紀らしく、本書ではいずれもユニークなアイデアによって解決されています。
(1)については、生まれたばかりの赤ん坊を人質とすることで、誘拐の際に抵抗されるおそれもなく、また目撃証言などの心配も無用。さらには、他の赤ん坊と区別がつかないために人質の安否確認も不可能となり、犯人にとってのリスクがかなり軽減されています(*1)。
(2)については、他人の留守番電話を利用するという間接的な手段により、少なくともリアルタイムでの逆探知を完全に無効化しているのがお見事。
(3)については、実行犯である松本直子が身代金を奪ったトリックは古典的な“見えない人”ですが、偽の人質と犯人によって捜査陣を撹乱するトリックが秀逸。さらに真犯人による“第2ラウンド”では、船上という状況や荒川の水位変動を巧みに利用した意外な移動経路が非常によくできています。そして、そもそも身代金奪取に失敗する予定だったという真犯人の計画が何ともいえません。
このように、誘拐事件全体が非常によく考えられているだけに――とりわけ上記(1)のように赤ん坊を人質とするメリットが目立っていることで――誘拐事件の真の動機が巧妙に隠蔽されています。身代金目的と見せて人質の殺害を狙った(偽装)誘拐には前例があったかと思います(*2)が、本書の赤ん坊殺害(未遂)の動機は実に凄まじいもので、真犯人・宮澤佐和子の“モンスター”
(423頁)ぶりには圧倒されます。
カウンセラーという職業を悪用し、百瀬澄子、松本直子、徳永教授、そして北見志穂と、次から次に傀儡を手に入れて複雑な犯罪計画を練り上げた“操り”の黒幕である佐和子に対して、逆襲に転じた志穂の方がカウンセリングを仕掛けたかのような主客転倒の最終章「姦の終焉」が印象的。特に、独白に始まり、“双子の妹”との対話を経て、普通に台詞を括弧で括って記された志穂との会話へ、そしていつしか再び独白に回帰していくという、計算された叙述が効果的です。
本書のラストは、前作『おとり捜査官2 視覚』と同様に志穂が犯人を殺害するという結末になっていますが、絶体絶命の窮地に追い込まれた末のぎりぎりの行為だった前作とは違って、主体的かつ積極的な“犯行”となっています。それは単に“二度目”だからというだけでなく、“生まれながらの被害者”として翻弄されてきた志穂が、“北見志穂自身の事件”を通じて“被害者”の立場から脱しようともがき続けた結果、ついに新たな一歩を踏み出したことの表れであるようにも思われます。
2000.10.11再読了
2009.05.07再読了 (2009.05.19改稿)