この作品の最大のポイントは、“密室・殺人”事件の真相ではなく、探偵・四里川陣の正体です。作中では明確な答が示されていませんが、かやのふさんによる「小林泰三ファンページ」(閉鎖?)内の「FAQ」には、以下のような作者の回答が掲載されていました。
(0)探偵は実は普通の探偵である。
(1)探偵は実は幽霊である。
(2)探偵は実は旧支配者である。
(3)探偵は実は存在しない。
(4)探偵は実は助手の別人格である。
(5)探偵は実は助手のスタンドである。
(0) が作者にとっても意外な解釈でした。真の答えはただひとつですので、考えてみてください。ヒントは巻頭の引用です。
まず、作者も想定していなかったように、“(0)探偵は実は普通の探偵である”という解釈は成り立たないでしょう。それは変人だから……ではなく、色々と手がかりはあります。例えば、解決場面でいつの間にか密室の中に侵入している、というのもその一つです。また、四ッ谷と四里川との“携帯電話”による会話にも注意すべきです。本文78頁では四ッ谷の持っている“携帯電話”がPHSであることが明かされていますが、251頁で亜細大作は現場付近がPHSの使えないエリアであると述べています。つまり、その会話は現実にはあり得ないのです。
四里川が密室から登場する場面では、仁科達彦が“これは何の冗談なんだ!!” (320頁)という台詞を口にしています。この反応と、中盤、徳さんが四里川の方に目をやりながらその姿に気づかなかったという事実を考え合わせると、四里川の姿は四ッ谷にしか見えないのだと考えられます。また、二人の掛け合いでうまく隠蔽されていますが、四里川の発言は四ッ谷以外には聞こえていないようです。
この前提に基づいて(1)〜(5)の解釈を検討してみます。
まず、四ッ谷には四里川の姿が見えているのですから(4)の別人格はあり得ないでしょう。また、他の人間には見えないのですから、(2)の旧支配者も除外すべきだと思います。
(1)の幽霊は微妙です。霊媒体質の四ッ谷にだけ見えるという可能性もあるかもしれません。しかし、四ッ谷と電話で会話しているので、幽霊とは考えにくいように思えます。
(5)のスタンド(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』参照;以下しばらく未読の方には何だかわからない話が続きますが、ご容赦願います)というのは予想外でしたが、伏線として、98頁〜102頁にある四ッ谷の回想場面に“何か矢のようなものがわたしの体を貫いた” という記述があります(『ジョジョの奇妙な冒険』第四部から第五部あたりを読んだことのある方はピンとくるのではないでしょうか)。このスタンドは、普通の人間には見えず、同じような能力のあるスタンド使いだけが見ることができるという特徴があるため、四里川にも当てはまりそうにも思えます。しかし、密室から登場した場面で四里川はカップのようなもの(携帯灰皿)を手にしており、もし本当にスタンドならば、他の人間には宙に浮いた携帯灰皿だけが見えることになるはずです。登場人物たちの反応をみると、この可能性もなさそうです。
巻頭の『鏡の国のアリス』の引用や、谷丸警部の台詞を考慮すると、(3)の“探偵は実は存在しない”、正確にいえば“四ッ谷の頭の中にしか存在しない”というのが正解のようです。
冒頭、四里川からの電話で“ベルが鳴った” (25頁)という場面は多少引っかかりますが、“今のお電話、ちょっと変だったんじゃ……” (28頁)という仁科順子の台詞から、これも四ッ谷にしか聞こえないものだったと考えていいでしょう。また、徳さんが携帯電話で四里川としゃべっている場面は、徳さんの茶目っ気の表れだと思われます。
また、余談になりますが、事件解決後の四里川に対する、“あなたはわたしの思っていた人ではなかった” (348頁)という新藤礼都の台詞についても触れておきましょう。中盤、礼都が四ッ谷の質問に答えて浬奈との関係を説明している場面で、“依川仁”という名前が出ています(225頁)。ルビは振ってありませんが、これはおそらく“よりかわ じん”と読むのだと思われます。つまり、礼都は探偵・四里川陣(よりかわ じん)のことを、音だけ聞いてかつての知人・依川仁だと思っていたのでしょう。
それにしても、ラストの場面をみると、そもそも事件自体が存在しなかったのではないかという疑問さえ生じます。どこまでも一筋縄ではいかない作品(作者)です。
2002.04.23再読了
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