連続殺人事件/J.D.カー
The Case of the Constant Suicides/J.D.Carr
アンガスの墜死については、部屋が密室状況だったことが“殺人説”の障害となっているのですが、部屋の中から見つかった“犬のケース”の扱いがなかなか巧妙で、それによって部屋に何者かが侵入した可能性が浮上するとともに、その中身が殺害手段として使われたことが示唆されるという、二つの意味で“殺人説”を補強する手がかりとなっています。ちなみに、アランがひねり出した“大きな蜘蛛か毒蛇”
(97頁)という仮説は、別の作家によるある短編ミステリ((以下伏せ字)C.D.キング「『第四の拷問』」(『タラント氏の事件簿』収録)(ここまで))を下敷きにしたものかもしれません。
ドライアイスを使ったトリックはかなり知られていると思いますが、作中に“恐ろしい即効性のガスが充満する”
(208頁)と書かれているところをみると、カーが二酸化炭素(炭酸ガス)と一酸化炭素を取り違えていた可能性は高いと思われます。ただし、炭酸ガスではトリックが成立しないかといえば微妙なところで、十分な量(濃度)があれば酸欠に陥り、ふらついて窓から墜落することもあり得るのではないでしょうか。逆に“即効性”の一酸化炭素では窓まで行き着くことができず、“自殺か殺人か判然としない墜死”という状況が生じがたいといえるかもしれません。
そしてこのドライアイスのトリックが、殺人のためのトリックではなく自殺を殺人に偽装するトリックだったというひねりがよくできています(*1)。アンガスとしては保険金をふいにするわけにはいきませんし、後に残されるエルスパットの心の平安も考えると、殺人であることを強く示唆する仕掛けによって自殺するというのはベストの計画だといえます。そしてその仕掛けが――コーリンを標的として――実際に殺人(未遂)に使われることで、(少なくとも表面的には)アンガスの墜死も殺人だったという印象が補強されている(*2)のが面白いところです。
アンガス“殺害”の罪を押しつけられたフォーブズは、アンガスとは逆に自殺に偽装された殺人の被害者となっています。窓の遮蔽幕がはずされていたという手がかりはよくできていますし、“逃げるのに、窓を使う必要があった”
(215頁)というフェル博士の推理も実に見事です。釣竿を使ったトリックは、ある短編((以下伏せ字)「ダイヤモンドのペンタクル」(ここまで))の使い回しではありますが、まずまずの出来といっていいのではないでしょうか。
最後に明らかになる真犯人はかなり意外ですが、ロバート・キャンベルの出奔に再三言及されているという伏線もありますし、フェル博士の“あなたはキャンベル家のなんに当たられるのかな?”
(134頁)という台詞や、キャンベルの血筋を見分けることができるエルスパットを避けていたといった、さりげない手がかりもよくできています。何より、その正体を見抜いたアンガスが保険金詐取を万全にするために抱き込んだという真相が秀逸で、保険調査員という立場がうまく生かされています。また、コーリンを殺害するまではアンガスの自殺を強く主張し続けるという計画も、よく考えられていると思います。
*2: もちろん作中では、ドライアイスのトリックが明かされるよりも前に、アンガス老が自殺したとフェル博士が明言しているのですが、それを知らされない人々(コーリンやエルスパット)にとってはこういうことになるでしょう。
2008.04.18再読了 (2008.05.06改稿)