絞首台の謎/J.D.カー
The Lost Gallows/J.D.Carr
まず“死者が運転するリムジン”については、バンコランが早々に“何者かが運転していたに決まっているだろう。車が止まるや、霧にまぎれてこっそり逃げおおせたのだ。”
(41頁)と、実際に運転していた人物の消失(*1)まで説明しているとおり、真相が“それしかない”のは確かでしょう。そして、やけに狭い前部座席(*2)という手がかりがさりげなく示されているとはいえ、“(深い霧に加えて)小柄な人物だから見えなかった”という真相も大概です(苦笑)。
そしてそうなると、“異様なほど小柄だ”
(139頁)とされているテディが登場してきたところで、殺された運転手スマイルから盗まれた品物(*3)も考え合わせて、“死者の運転”がテディの仕業だと見当をつけることもできるかもしれませんが、すべてがテディの犯行とは考えにくいものがありますし、テディから犯人にたどり着くのは困難でしょう。いずれにしても、制御不能な共犯者を用意することで、犯人が意図しない奇怪な状況を作り出し、事件の様相を複雑化するとともに物語を盛り上げる、カーの手腕に注目すべきところではないでしょうか。
一方の〈ルイネーション街〉――エル・ムルクの居場所については、足下のブリムストーン・クラブだったという真相こそややありがちかもしれませんが、まずダリングズの証言からおおまかに地理的条件を割り出し、次いでピルグリム医師の証言(*4)からブリムストーン・クラブに着目し、階段の手すりで汚れた手袋を決め手とする手順がよくできていますし、何より隠し部屋の存在が謎めいた雰囲気を持続させているのがお見事です。
そしてその隠し部屋の所在を示す、部屋に出現する品物(本・縄・木偶人形)と郵便で送られてくる品物(絞首台の模型・ガラスのピストル・骨壷)との違い――割れ物か否かという手がかりが非常に秀逸。また、バンコランがエル・ムルクの部屋でわざわざ脚立を使っている(150頁)ことも、(ランタンを口実にしているとはいえ)上方を示唆するヒントといっていいでしょう。
冒頭でバンコランが言及した“奇怪な殺人”
(16頁)の例が、背景として事件に絡んでくるのは出来すぎの感があります(*5)が、エル・ムルクの罠にかかって命を落とした“キーン”の復讐となれば、恐怖を煽る芝居がかった演出にも納得できるところです。ただし、事件の構図が見えてくると、犯人となり得る人物が限られてしまうのは否めないところで、、“大戦で息子に死なれて”
(13頁)いる上に、“ブリムストーン・クラブ内の協力者”にも符合する、サー・ジョン・ランダーヴォーンが犯人であることはかなり見え見えでしょう。
それでも、絞首台の模型をはじめとする小道具で恐怖を与える趣向を凝らす妄執や、ブロンソン刑事を殺しておきながら、その帽子を見て“もう不要になったんじゃないかな”
(188頁)と酷薄な台詞を吐くあたりなど、犯人がわかっていればこそ、“仮面”の裏で復讐の“鬼”と化してしまったサー・ジョンの人物像が、より強く伝わるようになっているようにも思われます。
結末でバンコランは、エル・ムルクが“キーン”殺しの証拠を隠滅したことを知り、もはや正規の手順でギロチン送りにできないと踏んで、隠し部屋の落とし戸を即席の絞首台として、“絞首刑”に処した(*6)――ように見えます。もちろん直接手を下したわけではないのですが、一度目(263頁)と違って二度目は制止することなく、“計算どおり”といわんばかりにご機嫌で鼻歌を歌うバンコランは、まさに悪魔的な探偵といえるでしょう。
“この車の運転席は右側だろう。ならば左から降りたはずだ”(41頁)としているものの、今ひとつ位置関係がはっきりしないので、そちら側からはドアマンが近づいてきた(37頁)ようにも読めます。
*2:
“運転席をのぞきこむ。「こちらは狭いにもほどがある!”(40頁)。
*3: 盗まれなかった品物――プラチナのシガレットケースが残されていたこと(46頁)も重要な手がかりでしょう。
*4: “短剣を取った手”のイメージが鮮やかです。
*5: バンコランが過去の事件を口にしたのは、エル・ムルクに気づく(16頁~17頁)よりも前のことです。
*6: 巻頭の「登場人物」では、
“絞首台の模型に始まり落とし戸に終わる”や
“消えた部屋を尋ね当て、人身御供付きの絞首台を発見”と、この結末が大胆に暗示されています。
1999.11.07 創元推理文庫旧訳版読了
2017.11.07 創元推理文庫【新訳版】読了 (2021.01.03改稿)