爬虫類館の殺人/C.ディクスン
He Wouldn't Kill Patience/C.Dickson
ドアや窓などの隙間が内側からガムテープ(のようなもの)で目張りされた“目張り密室”は、閉鎖手段(目張り)が室内側にのみ存在するため、室外側から密室を構成することが困難になります(*1)。しかし本書では、室内側に存在する目張りを室外側から操作して密室を構成するという、困難に真正面から挑んだトリックが使われているところが、“目張り密室”の元祖にして最高峰という風格を感じさせます。
そして、真空掃除器による吸引で目張りを完成させるというシンプルで効果的なトリックは、やはり非常によくできていると思います。シンプルなだけにミステリクイズ本などで紹介されやすくなっている感もありますが、ドアの隙間や鍵穴のような狭い箇所であるために掃除器の吸引力が損なわれないこと、そして軽量な紙による目張りが吸着されやすいことなど、よく考えられたトリックだというべきでしょう。
また、掃除器の音を爆撃機の音と錯覚させる巧妙なミスディレクションも見逃せません。もちろん犯人が仕掛けたものではないのですが、第二次大戦下という状況によって、H.Mがいうところの“飛行機意識症”
(296頁)にも十分な説得力が生じています。実際には爆撃機が飛んでいなかったという事実が明らかになることで、その錯覚が取り払われるという手順もよくできています。
さらに、奇術に関する説明にかこつけて、“ああ、それは錯覚の原理を応用したものです。実際は一つのものを見せておいて、ほかのものを見たように思わせるのです。実際は一つの音を聞かせておいて、ほかの音を聞いたと――”
(145頁)と、さりげなく重要な手がかりが示されているのも見事。ただしここでは、マッジが目にした“燃えた紙マッチ”の方がクローズアップされ、結果として遠回りさせられることになっている(*2)のがいやらしいところではありますが。
奇術関連ではもう一つ、自動人形〈ファティマ〉が圧搾空気で動かされるということも解決へのヒントとなっています。実のところ、“読者はまもなく、ファティマにどうしてそういうことができるのか、おわかりになるでしょう。”
(153頁)という思わせぶりな原註によってトリックとの関連が予想できるとはいえ、マッジの言葉通り“やりかたが反対”
(302頁)であるために、読者にとってはあまりヒントとはいえないように思えますが、ケアリとマッジが“目張り密室”のトリックを見抜く場面(271頁~272頁)にはそれなりの説得力が感じられます。
ベントンがガスで自殺したと見せかけるために“目張り密室”を構成した犯人ですが、その作業中にH.Mらが訪れたことで、その計画はもろくも破綻しています。H.Mも指摘しているように、作業を邪魔されないよう一行を居間に閉じ込めたことは、ベントン以外の人物(=殺人犯)の存在を浮かび上がらせる致命的な失策だといわざるを得ません。ただし作者としては、(前述のミスディレクションのために)犯人が作業中の“音”をH.Mらに聞かせなければならないわけですし、密室状況が強固であるだけに自殺でないことをはっきりさせておく必要もある(*3)のではないでしょうか。
*2: H.Mが解決で述べているように、床に転がったマッチの燃えさし(=ゴミ)を掃除器と結びつけることは不自然ではないと思いますが、それがクローズアップされて“燃えた紙マッチ”に何らかの意味を見出そうとすると、かえって掃除器から遠ざかってしまうように思われます。つまり、ここでの紙マッチはそれ自体が手がかりであると同時に、“音”というもう一つの手がかりを隠すミスディレクションとしても機能しているといえるのではないでしょうか。
*3: ベントンが“蛇を殺すはずがない”というだけでは、自殺を否定する根拠がやや弱いのは否めません。
1999.10.30読了
2008.07.23再読了 (2008.08.10改稿)