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時計の中の骸骨/C.ディクスン

The Skeleton in the Clock/C.Dickson

1948年発表 小倉多加志訳 ハヤカワ文庫HM6-2(早川書房)

 まず〈現在の事件〉は、発生自体もかなり遅くなっているのですが、“誰が殺されたのか”をしばらく引っ張った末に、宿屋のパクストンの娘エニッドという、意外すぎる被害者に困惑させられます。“意外すぎる”というのは、それまでほとんど登場していない*1のもさることながら、(少なくともその時点では)殺される理由がさっぱりわからない*2ためで、当然ながら〈過去の事件〉とのつながりも不明なまま、事件全体がとらえどころのない感じになっています。

 その後、マスターズのもとに届いた匿名の葉書――〈過去の事件〉の手がかりを匂わせ、その再調査を促す葉書を(パクストンに代わって)エニッドが書いたことが判明し、それが犯人の動機……かと思いきや、H.Mはすぐにそれを否定し(288頁)、最終的にはうさばらしのようなもの”(351頁)というとんでもない動機が犯人自身の口から明かされます。これはもちろん、後に明らかにされる犯人の残酷さを裏打ちするものではあるのですが、同時に、〈現在の事件〉と〈過去の事件〉が関連するという読者の思い込みをあっさり裏切る外しっぷりにやや脱力。

 というわけで、ちょっとしたアリバイトリックも仕掛けられているとはいえ、ミステリ的に〈現在の事件〉にはほとんど重きが置かれず、〈過去の事件〉のみがメインという変則的な形になっています。こちらは、密室状況そのものがややわかりにくいきらいもありますが、“六インチの高さの笠石”(97頁)、すなわち高さ15センチの“手すり”に隠れて近づいたというトリックは、実行するのがかなり厳しいような……実際、パクストンにはある程度見えていながら、ジョージ卿への反感から黙っていたというのが苦しいところ。また、“体の小さい子供だから隠れることができた”というトリックそのものが、面白味を欠いているのは否めません*3

 しかし、そのトリックにつながる手がかりはなかなか面白いことになっています。例えば、スタナードの汚らしい子供”(131頁)という言葉が、屋上で腹ばいになったことを示唆する手がかりになるところなどはよくできていますが、やはり強烈なのは〈上下の構え〉でしょう。剣術マニア(?)のローリエ医師が語る、“〈上下の構え〉というのもあります。これは(中略)片膝ついて相手の膝の裏の、足首の上あたりに切りつけ”(204頁)という薀蓄が、そのまま犯行方法のヒントになっているのが愉快です。

 もちろんその薀蓄は、あくまでも事件とはまったく関係ない話なので、本来であれば真相解明の手がかりとはなり得ないのですが、それをぬけぬけとヒント――真相を思いつくきっかけ――にしてあるところに苦笑させられます。そして、事件と無関係のどうでもいい話のはずが、H.Mの“前世趣味”のおかげでマーティンからH.Mに伝えられ(240頁)、H.Mが『騎士』の本を読んで確認することで真相に思い至る流れがよくできていますし、それをわしの先祖から聞いたんじゃよ”(268頁)と表現するH.Mは最高です。

 一方、題名にもなっている“時計の中の骸骨”は、匿名の葉書によって重要な証拠であることが示唆されているものの、頭部に傷がないことや身長などから“ジョージ・フリート卿ではない(86頁)ことが明言され、困惑させられます。が、実は見えない部分――“両足と踝は(中略)木の留め枠で一部分隠れていた”(62頁)に秘密が隠されていたというのが巧妙。また、証拠湮滅のために死体の足を切断するという、思い切った手段もすごいところです。

 犯人は――〈過去の事件〉当時子供だったがゆえに――なかなか意外だと思いますが、しかし物語中盤にマーティンが狙われたこと(209頁~210頁)ことで、ややわかりやすくなっているきらいがあるのは否めません。明らかに〈過去の事件〉とも〈現在の事件〉とも無関係のマーティンは、例えば犯人に都合の悪い事実を知っていたようなこともあるはずがなく、まったく別の理由で命を狙われたことになります。で、表面的な振る舞いはさておいて、マーティンに殺意を抱くような出来事のあった人物といえば、婚約者のジェニーを“奪われた”リッキーただ一人といってもいいでしょう*4

 実際のところ、マーティンに対する殺人未遂は、ミステリとしての必要性はあまり感じられないのですが、〈現在の事件〉を起こしたリッキーの心理からすれば、マーティンに対する殺意の表れがまったくないのはいささか不自然ではありますし、物語として収まりがいいのは確かだと思われるので、難しいところです。

*1: カバーや巻頭の「登場人物」に名前がある割になかなか出てこないので、予想できた方もいらっしゃるかもしれませんが……。
*2: H.Mも、“パクストンとこの娘が、殺されたから殺されたんだという、ごくあいまいな理由しかないことじゃ。”(265頁)と指摘しています。
*3: カーのファンであれば、似たところのあるトリックの某作品((以下伏せ字)『曲がった蝶番』(ここまで))を思い起こす方も多いのではないでしょうか。
*4: ルースとの関係から、スタナードにも動機があり得るといえなくもないかもしれませんが、様子を見ればマーティンがルースの方を向いていないのは明らかでしょうし、何よりまだ刑務所にいたというアリバイがあるはずです。

2000.01.25再読了
2015.08.29再読了 (2015.09.05改稿)