はじめに
ダイイング・メッセージとは、ミステリで使われるトリックの一つで、死ぬ間際の被害者が犯人や事件の真相などを知らせようとして残す、死に際の伝言のことだ。
鯨統一郎『ミステリアス学園』(光文社文庫;273頁)
ダイイング・メッセージはミステリでしばしば扱われるネタの一つで、エラリイ・クイーンの諸作品――『シャム双生児の秘密』や『Xの悲劇』、その他多くの短編――で有名です。上に引用したように、死ぬ間際の被害者が犯人や事件の真相などを知らせようとして残すメッセージを指しますが、原則として容易には解読されない――直ちに解読されてしまえば謎でも何でもなくなるため――というのが特徴で、その範囲内において様々なバリエーションが生み出されています。
そのようなダイイング・メッセージに関する分類と分析、すなわち「ダイイング・メッセージ講義」が盛り込まれた作品は、把握している限りでは、山口雅也『13人目の探偵士』(1993年)、霧舎巧『ラグナロク洞』(2000年)、鯨統一郎『ミステリアス学園』(2003年)、倉知淳「水のそとの何か」(『猫丸先輩の空論』(2005年)収録)の四作品です(*1)。以下、まずはそれら既存の「ダイイング・メッセージ講義」について簡単に検討します。
(a)メッセージの途中で被害者の体力が尽きて、中途半端な形になった場合。
(b)被害者にとっては単純明快に事態を説明しているつもりでも、受け取る側の知識不足で、わからなくなる場合。
(c)犯人がまだその場にいるので、犯人には悟られず、捜査側にはわかるような工夫を被害者がした場合。
(d)被害者は完成させたつもりだったが、手違いや受け取る側の観察不足で未完成に見えた場合。
この〈山口分類〉では、ダイイング・メッセージの解読が困難になる理由を四つに分けてありますが、今ひとつうまく整理されていない感がある上に、“犯人などによる改変”という重要な項目が抜け落ちているのが残念なところです。
《作成編》1、口で言う。
2、書き残す。
3、物で示す。
4、体で示す。
《解読編》1、メッセージ通りの意味を示すもの。
2、メッセージ通りの意味ではないもの。
A、誤認。
B、意図的な間違い。
C、認識の不一致。
D、不可抗力。
E、第三者による細工。
3、メッセージの意味がわからないもの。
A、知識不足。
B、作為。
C、不可抗力。
(4、メッセージではないもの。)
この〈霧舎分類〉の最大の特徴は、(他の「ダイイング・メッセージ講義」にも共通する)解読が困難になる理由――《解読編》のみならず、ダイイング・メッセージの伝え方・残し方――《作成編》が設けられている点です。もっとも、《作成編》については、興味深い考察が加えられている部分もあるとはいえ、基本的には単純に分類してみたという以上のものではないように思われます(*2)。
一方の《解読編》は、メッセージをその意味に関して(*3)四通りに分けた上で、「2、」と「3、」についてさらにその原因を分類するという二段階になっており、最も充実した「ダイイング・メッセージ講義」だといえるのではないでしょうか。
さらにいえば、その後に“現実の世界ではダイイング・メッセージなんて存在しない”
(講談社ノベルス;97頁)という意見が披露される点も含めて、この「ダイイング・メッセージ講義」が物語と密接に結びついたものであるところも秀逸です。
1・ダイイング・メッセージを残したのに、被害者の意図がうまく伝わらない場合。
2・ダイイング・メッセージ作成途中で被害者が息絶える場合。
3・被害者の残したダイイング・メッセージに犯人が細工をした場合。
4・ダイイング・メッセージが真実を伝えていない場合。
この〈鯨分類〉はよくまとまっていて、個人的には一番好みです。ただし、作中では「4・ダイイング・メッセージが真実を伝えていない場合」の例として“被害者が推理した犯人が間違っていた場合”と“ダイイング・メッセージではない場合”が挙げられているのですが、前者はメッセージの解読がうまくいった後の問題になってくるので、ここに含めるのは適当ではないように思われます。
1 被害者が途中で力尽きた場合。
2 被害者と捜査する側に、知識のギャップがある場合。
3 最初から難解な場合。
4 メッセージの一部、もしくは全体が改変されている場合。
5 本当はダイイングメッセージでも何でもなかった場合。
6 メッセージの受け手があまりにも鈍くて意味が判らない場合。
(注:原文では数字は丸付き)
この〈倉知分類〉では、「6」などは倉知淳らしい(というよりも猫丸先輩らしい)諧謔が楽しいところですが、他の分類と比べて格別なものとはいえないように思います。
これら既存の「ダイイング・メッセージ講義」を念頭に置きつつ、次項では独自の分類と分析を試みることにします。
*2: ただし、作中では大いに意味のある行為である点を、見逃すべきではないでしょう。
*3: 「4、メッセージではないもの」は、“意味がないもの”ととらえることができるでしょう。
分類と分析
まず、ダイイング・メッセージを取り巻く状況を整理してみると、おおむね以下の図のようなものになるかと思われます。
[被害者]
|
[第三者(犯人など)] | [解読者]
| ||||||||
| ||||||||||
メッセージ の作成 ―――――→ | [メッセージ] | メッセージ の読み取り ―――――→ |
まず、被害者が情報を伝えようとする意図をもって、伝えるべき情報をメッセージに変換(*4)した後、実際にメッセージを作成します。一方、解読者は残されたメッセージを読み取り、それを解釈することで被害者が伝えようとした情報を入手しようとします。さらに、被害者でも解読者でもない第三者(多くは犯人)が、残されたメッセージに干渉する可能性があります。
ダイイング・メッセージが謎となるのは、被害者が“意図した情報”と解読者が“入手した情報”が一致しない(情報が入手できない場合も含む)というもので、その原因となり得るのは上の図において矢印で示した六つのステップです。つまり、その六つのステップ――(1)被害者が情報を伝えようとする意図、(2)被害者による情報からメッセージへの変換、(3)被害者によるメッセージの作成、(4)第三者によるメッセージへの干渉、(5)解読者によるメッセージの読み取り、(6)解読者によるメッセージの解釈――の少なくとも一つに問題が生じることで、ダイイング・メッセージの解読が困難になるといえるのではないでしょうか。
なお、ここでは情報伝達の過程におけるトラブルのみを問題としており、被害者が伝えようと意図した情報そのものが誤っている場合――〈霧舎分類〉《解読編》の「2、」のうち「A、誤認」や「B、意図的な間違い」、あるいは〈鯨分類〉の「4・」の例として挙げられている“被害者が推理した犯人が間違っていた場合”――はダイイング・メッセージの解読そのものにはさしたる支障がないと考えられるので、除外します。
以下、上記六つのステップを[被害者の問題]・[第三者の問題]・[解読者の問題]に分けて詳述します。
- A. 被害者の問題
- 被害者の問題としては、[意図の問題]・[変換の問題]・[作成の問題]の三つが考えられます。
例えば、〈山口分類〉の「(c)犯人がまだその場にいるので、犯人には悟られず、捜査側にはわかるような工夫を被害者がした場合」や、〈倉知分類〉の「3 最初から難解な場合」などは、一見すると被害者側に原因があるようにも思われますが、被害者はあくまでもメッセージが解読されることを期待するという前提に立てば、解読できない解読者の側に原因があるとした方がすっきりするので、そちらに含めます。
- A-1. 意図の問題
- そもそも被害者が情報を伝えようとする意図を持っていない、つまり本来はダイイング・メッセージでも何でもないものを、解読者がダイイング・メッセージだと誤認してしまう場合。
〈霧舎分類〉《解読編》の「4、メッセージではないもの」、あるいは〈倉知分類〉の「5 本当はダイイングメッセージでも何でもなかった場合」に相当します。
- A-2. 変換の問題
- 伝えようと意図した情報をメッセージに変換する過程に問題がある場合、すなわち意図した情報とメッセージが正しく対応していない場合で、〈霧舎分類〉《解読編》の「2、」のうち「C、認識の不一致」で挙げられている、被害者が犯人の名前を間違えて記憶していたという例が該当します。
- A-3. 作成の問題
- いうまでもなく、被害者が作成途中で力尽きるなどして、メッセージが未完成となってしまった場合です。
解読者の認識によって以下の二つに大別されますが、いずれの場合であっても後述の[C-1. 読み取りの問題]で示す[・読み取りの誤り]を併発しやすいという傾向があるように思われます。
- ・メッセージが完成していると誤認される場合
- 未完成のメッセージが完成していると誤認されることで、別の意味に解釈されてしまう例です。
- ・メッセージが未完成だと認識される場合
- メッセージが未完成であることが正しく認識された場合には、まずはその完成形を推測することになりますが、実質的には解釈とセットでの作業となるでしょう。
- B. 第三者の問題
- 被害者の残したメッセージに干渉する第三者の存在により、メッセージの解読が困難となる場合があります。大半の場合には犯人がメッセージに干渉することになりますが、それ以外の(悪意のない)第三者が干渉することもありますし、自然現象によるものもここに含めるべきかもしれません。
- B-1. 干渉の問題
- 第三者によるメッセージへの干渉については、破壊と改変の二つが考えられます。
- ・破壊された場合
- 被害者の残したメッセージの一部または全部が破壊(抹消)され、読み取り不能となってしまう場合です。もっとも、全部が破壊されてしまえば解読の余地がなくなってしまうので、ダイイング・メッセージものとして扱われるのは破壊がメッセージの一部にとどまるもののみだと考えられます。そしてその扱いは、[A-3. 作成の問題]の[・メッセージが未完成だと認識される場合]に準ずることになるでしょう。
- ・改変された場合
- 第三者によるメッセージの改変は、被害者が残したメッセージが完成していたか否かにかかわらず、その意味をねじ曲げて正しい解読を困難にします。
とはいえ、霧舎巧『ラグナロク洞』で“いかに手が加えられていようと、容疑者が限られていれば、そこから元のメッセージを類推することは意外と簡単なものです”
(講談社ノベルス;86頁~87頁)と指摘されているように、犯人にとってはメッセージを破壊するよりもリスクが高い行為となり得ます。
- C. 解読者の問題
- “被害者の問題”及び“第三者の問題”についてはすでに触れたので、ここでは主に“被害者の意図したメッセージが完成し、かつ破壊・改変されていない場合”についてのみ検討します。
- C-1. 読み取りの問題
- メッセージが文字や音声などの形で残された場合以外には、読み取りと解釈は一体不可分ともいえますが、とりあえずここでは主に[読み取りの問題]と考えられる例を検討します。
- ・一部または全部が読み取り不能(に見える)
- 前述のように“被害者の意図したメッセージが完成し、かつ破壊・改変されていない場合”であるにもかかわらず、メッセージが読み取られないというのは矛盾しているようにも思われますが、思い出した限りでは以下の四つの作例があります。
- ・読み取りの誤り
- よく似た文字や読み取りの方向など様々な原因が想定できますが、実をいえばメッセージが完成している場合に読み取りの誤りが生じるのはまれ、というよりも遅かれ早かれ正しい読み方が示されるのが普通で、読み取りの誤りによって問題が生じる例の多くは[A-3. 作成の問題]で示したメッセージが未完成の場合だと考えられます。
- C-2. 解釈の問題
- 読み取ったメッセージに解釈を加えて情報を入手するにあたっての問題は、メッセージの内容そのものの解釈の誤りの他に、その前提となる情報の対象(主題)の誤認が考えられます。
- ・対象(主題)の解釈の誤り
- メッセージの内容以前に、“何についての情報なのか”を解読者が誤認してしまう場合で、被害者が犯人の名前を伝えようとしたという思い込みによるものが典型的です。
これは、内容の解釈の誤りを誘発する原因となるのみならず、内容が正しく解釈された場合であってさえも情報が正しく伝わらないという問題を生じます。
- ・内容の解釈の誤り
- 読み取られたメッセージの内容の解釈に誤りを生じる場合ですが、他の問題によって誘発される場合が多いかと思います。また、例えば被害者がメッセージで指し示そうとした犯人が容疑者として捜査線上に浮上していないなど、ダイイング・メッセージ以外の部分に原因がある場合もあるでしょう。
以上、既存の分類を念頭に置きつつ、思い出せる限りの例も踏まえて分類・分析してみました。大体のところで漏れはないかと思いますが、いかがでしょうか。お楽しみいただければ幸いです。
*6: (作家名)北山猛邦(ここまで)の(作品名)「見えないダイイング・メッセージ」(『踊るジョーカー』収録)(ここまで)。
*7: (作家名)山口雅也(ここまで)の(作品名)『13人目の探偵士』(ここまで)。
*8: 都筑道夫の(作品名)「地口行灯」(『くらやみ砂絵』収録)(ここまで)。その逆説的なメッセージの成立過程、とりわけ(以下伏せ字)犯人の手によって(ここまで)メッセージが完成するところなど、私見では“ダイイング・メッセージものの極北”といっても過言ではない傑作です。