小山重疊金明滅, 鬢雲欲度香顋雪。 懶起畫蛾眉。 弄妝梳洗遲。 照花前後鏡。 花面交相映。 新帖繡羅襦。 雙雙金鷓鴣。 |
菩薩蠻
小山 重疊して 金 明滅,
鬢の雲 度(わた)らんと欲(す) 香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。
妝を弄び 梳洗 遲し。
花を照らす 前後の 鏡。
花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、
雙雙 金の 鷓鴣。
****************** 私感訳注: ※菩薩蠻:詞牌の一。詞の形式名。双調 四十四字。換韻。詳しくは 「構成について」を参照。 この詞は、花間集のトップに載せられており、それに倣って、ここでも最初に取り上げることにした。女性が朝起きてくる様子を詠っているが、懶起畫蛾眉や雙雙金鷓鴣で、女性の微妙な心理を表している。 ※温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。 ※小山:屏風。 *難しい語である。今まで幾通りも考えられてきた。字義通りだと、小さな山。しかし、これは、唐突で後の句に繋がらない。普通は屏山、つまり屏風ととる。この解釈は、花間集中の温庭の菩薩蠻其十一に「枕上屏山掩」(枕元を屏風で囲む)とあることからきている。(屏山の本来の意味は、屏風のように切り立った山のこと。)或いは、枕元の屏風の中の山の絵。ただ、これらの解釈も苦しい。無理に解釈せざるを得ないことから来る不自然さがある。後の句は、髪のことを云っているのだから、髷の形容ともとれる。もっともそう見ると後と重複して、やはり不自然。ここはやはり、唐代の女性の風俗である小山眉からきていると見るのが適切だろう。或いは、この詞は時間の経過に従って展開しているのだから、第三句で「懶起畫蛾眉」と、やっと起きあがるのであるから、第一句のこれは、その前の寝姿のことかも知れない。「蒲団きて 寝たる」姿や 東山」というわけである。はたまた、寝ている女性の小さな山となっている…。ここは、やはり屏風ととっておくのが無難である。もっとも、そうすると後の重疊と結びつきが弱くはなるが。何如。 ※重疊:(古・現代語)幾重にも重なり合う。前の語の小山が屏風と見れば、幾重にも折れ曲がっている屏風のことになる。文字通りに読めば、幾重にも屏風で取り囲んだ、ともとれるが、情景が浮かびにくい。小山を屏風以外の意味にとった場合の方が意味が通りやすい。羅隱の『江南行』に「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪告眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」とある。 ※金明滅:明滅は、きらきら、ぴかぴかとしている様子。例えば流螢明滅。ここは、陽光と見るのが普通。金は、陽光そのものを謂うことになる。しかし、木洩れ日でもない限り、そのような感じがない。ここは、この時代の女性の化粧の一である額黄のこととも考えられる。その額黄が一夜寝て、斑となったさまをいうか。また、髪飾りとした場合、金明滅の意味は通りやすい。この場合金は、髪の装飾品になる。ただ、その場合は、唐代で女性が寝るときも髪飾りをしていたか、確認する必要がある。 ※鬢雲:豊かな鬢(横の方に生えている髪)。女性の豊かな髪の毛の形容。または、寝乱れた髪の形容。雲鬢。白居易の長恨歌に「雲鬢花顔金歩揺」とあるそれ。 ※欲度:わたらんと ほっす。雲が流れて来、懸かろうとしている。(寝乱れた)髪が懸かってきていること。 ※香顋:香しい女性のおとがい。香は、女性を暗示する語。顋は、あご。おとがい。 ※雪:ゆき。(女性の)肌の白さの比喩。香顋雪と表現されているので、「香わしい顋(ほほ)の雪(の白さ)」の意に読んでいるが、ここは本来、「香雪顋(香しく雪の(如き)顋)」となるべきところ。韻を踏むため、香顋雪と顛倒させている。それに合わすため、雲鬢とすべきところを鬢雲とし、表現を統一させている。 ※懶起:ものうく起きる。物憂げにおきる。 ※畫:かく。えがく。文字以外のものをかくこと。ここでは黛で眉を画いていること。 ※蛾眉:蛾の触覚のように、すんなりと伸びた女性の美しい眉の比喩。日本では、比喩であまり蛾などを使わないが、文化の違いが分かって、興味をそそられる。 ※弄妝:(妝=粧)化粧をする。弄は、現代語では、するという意味。ここでは、現代語のような積極性はないようだ。 ※梳洗:髪を梳り、顔を洗う。化粧をする。梳沐。蛇足だが、「洗」は本来、「せい」と読むべきもので、現代語の「xi3」と正しく対応している。「先」の影響で慣用音が定着したか。蛇足だが、他に「夢」等も違う形での激しい転訛の例がある。 ※遲:おそい。動きがゆっくりとしていること。化粧して、見せる男性が身近にいないことを暗示している。遅のおそい、という意味は、時間的に日が高くなったという意味ではない。 ※照花:はなを てらす。花は美しい女性の顔。または女性の花簪、或いは、花を彫った頸飾。照は「鏡に映す」という動詞。わざわざ、ピカピカと照らし出すという意味ではない。鏡に映すことを現代語では、照鏡子という。 ※前後鏡:合わせ鏡。 ※花面:花のように美しい女性の顔。雪膚花貌参差是の花貌のこと。ただし、照花の語の意味を花簪ととった場合は、花簪と顔の意、にしないと繋がりにくい。 ※交相映:こもごも あい 映ず。花面を美しい女性の顔ととった場合は、前後の合わせ鏡にこもごも あい 映っている、となる。花面を花簪と顔の意にとった場合は、花簪と顔が美しさを競って鏡に映っている、となる。その際、相の意味は、「明月來相照」の「相」よりも、本来的な意味が勝ってくる。 ※帖:この字も人々を困らせており、今までは貼字と見なして解釈されてきた。はる。模様をはるように縫い取る。 ※綉:綉=繍でぬいとる。ぬいとり。 ※羅襦:うすぎぬの着物。羅は、うすぎぬ。襦は、短い上着、または肌着。漢字そのものの意味では下着が強いが、普通上着ととる。上着がいいか、肌着がいいか。縫い取りのある肌着は痛くて心地悪いと思うので、やはり上着か…。 ※雙雙:つがいに揃った様子をいう。現代語では、量詞(助数詞)を繰り返す場合は、そのようなのがいくつもあるときの表現。つがいになった鳥が、あちらこちらにいる様子。もっとも詞ではリズム重視のため、また、一句の文字数の規定に合わせるため、双の一字でいいところを双双としないとも限らない。 ※鷓鴣:鳥の名。しゃこ。キジ科の鳥。ここでは、雙雙鷓鴣で、男女一緒になることを暗示しており、詞ぜんたいでは、懶起畫蛾眉でも暗示されるように、そのことが、叶わなくて、一人でいる女性の艶めいた寂しさを詠っている。 ◎ 構成について 双調 四十四字。換韻。全ての句が押韻する。押韻の平仄が入れ替わる多彩な詞。
○●○○●。(a仄韻) ○●○○●。(a仄韻) ●●○○。(B平韻) ○●○,(B平韻) ○○●●。(c仄韻) ●○●,(c仄韻) ●●○○,(D平韻) ○●○。(D平韻) となる。押韻は、換韻で、韻式は「aaBB ccDD」韻脚は「滅雪」は第十八部入声で、「眉遲」は第三部平声で、「鏡映」は第十一部去声で、「襦鴣」は第四部平声。 |
2000.9.26 9.27 9.28 9.29完 10. 3 10. 4 10.22(日) 2007.5.10 |
次の詩へ 前の詩へ 花間集メニューへ 碧血の詩編 辛棄疾詞 李U詞 李清照詞 秋瑾詩詞 天安門革命詩抄 毛主席詩詞 碇豊長自作詩詞 詩詞概説 唐詩格律 之一 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 詩韻 《天安門詩抄》写真集へ 参考文献(宋詞・詞譜) 参考文献(詩詞格律) 参考文献(唐詩・宋詞) |
メール |
トップ |