陶淵明
            

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　晉　　陶潛

桃花源詩

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　                               　　『桃花源記』は右の「参照」を押す。

嬴氏 　天紀を　亂し，
賢者　　其の世を　避く。
黄綺　　商山に　之（ゆ）き，
伊（こ）の人も亦　云（ここ）に逝く。
往跡　　浸く　復た　湮れ，
來る逕　　遂に　蕪れ廢る。
相ひ命じて　　農耕を肆め，
日　入らば　　憩ふ所に從ふ。
桑竹は　　餘（あまた）の蔭を垂らし，
菽稷は　　隨時に　藝（う）う。
春蠶　　長絲を　收め，
秋熟　　王税　靡（な）し。
荒路　曖として　交り通じ，
鷄犬　　互ひに　鳴吠す。
俎豆は　　猶も　古法のごとく，
衣裳は　　新製　無し。
童孺　　縱（ほしいまま）に行き　歌ひ，
斑白　　歡び游びて　詣（いた）る。
草の　榮（はなさ）きて　　節の和（なご）むを識り，
木の衰（は　ち）りて　　風の��（はげ）しきを知る。
紀歴の志（しる）すこと　無しと雖も，
四時（しいじ）　　自ら歳を成す。
怡然として　　餘樂　有り，
何に于（おい）てか　　智慧を勞せん。
奇しき蹤（あと）　　隱るること　五百，
一朝　　神界　敞（あらは）る。
淳薄　　既に　源を異にし，
旋（たちま）ち復（ま）た　幽蔽（いうへい）に還（かへ）る。
借問す　　方（はう）に游ぶの士，
焉ぞ測らん　　塵囂（ぢんがう）の外を。
願くは　　輕風を　躡（ふ）み，
高舉して　　吾が契を　尋ねん。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　桃花源記は次の「参照」を押す。

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◎　私感註釈

※桃花源詩：桃花源をうたった詩。この前書きである『桃花源記』の方が有名。内容も『桃花源記』の方が充実しており、面白い。こちらの詩はそれを薄く敷衍した感じでもある。多くの聯が対句になっている。

※嬴氏亂天紀：秦朝の皇帝は天の法則を乱した（ので）。　・嬴氏：〔えいし；Ying2shi4○●〕秦朝の皇帝の姓。ここでは始皇帝を指している。蛇足だが、中国歴代の皇帝は易姓革命によって、出てきたものであるから、それぞれ姓をもっている。嬴字の中央下の部分は、「貝」（贏）ではなくて「女」（嬴）が正しい。　・天紀：天ののり。この世の法則。

※賢者避其世：賢者はその治世を避けて。（隠遁すること）。

※黄綺之商山：夏黄公と綺里季は（秦を厭って）商山に行き（隠棲した）。　・黄綺：二人の人名。夏黄公と綺里季のこと。秦を厭って商山に隠棲した。　・之：ゆく。ここでは、隠遁したということ。　・商山：陝西省にある四皓（前出の夏黄公と綺里季の外に、東園公、角里先生）が隠れた山。商州の東にある商嶺というが、詳しい場所は、見つけられない。秦嶺の中の一つか。

※伊人亦云逝：こ（れら）の人もまたここ（桃花源）に行き。　・伊人：この人。桃源郷に住む人々を指している。　・伊：この、これ。彼。　・云：ここに。語調を整えるために添える助辞。

※往跡浸復湮：出かけて行った跡（あと）は、だんだんと埋（うず）もれ、塞（ふさ）がっていった。　・往跡：行ったあと。　・浸：やや。ようやく。だんだん。　・湮：うずもれる。ふさがる。

※來逕遂蕪廢：来た小道は、雑草が生い茂って、すたれてしまった。　・來逕：来た道。「往跡」の対として使われている。　・逕：こみち。　・蕪：あれる。雑草が生い茂る。

※相命肆農耕：互いに声を掛け合って農業に励んだ。　・相命：互いに声を掛け合って。　・肆：つとめる。きわめる。

※日入從所憩：日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。　・所：…ところ。動詞の前に附いて、名詞化する。　・從：調子をあわせる。

※桑竹垂餘蔭：クワの木と竹は、ゆたかな木陰をつくり。　・桑竹：クワの木と竹。　・餘蔭：ゆたかな木陰。

※菽稷隨時藝：豆やキビは、適切な時に植えている。　・菽稷：穀類。　・菽：まめ。豆類の総称。　・稷：キビ。　・隨時：適切な時に。　・藝：うえる。

※春蠶收長絲：カイコは、長い絹糸がとれて。　・春蠶：カイコ。　・收：手に入れる。収穫する。蛇足だが、「収」「納」のどちらも日本語では「おさめる」と訓んでいるが、「収」は物品を自分の方へ入れることであって、「納」は、それとは逆に、物品を自分の方から上級の他者へ入れてやる（「自分」というものを中心にして言えば「他者へ出す」）ことである。

※秋熟靡王税：秋の収穫には、王侯に納める税が無い。　・秋熟：秋の収穫の時。　・靡：…が無い。「無」と同じような働きをする。　・王税：王侯に納める税。

※荒路曖交通：草が繁った道が、ぼんやりとして交わっている。　・荒路：草が繁った道。　・曖：ぼんやりとしているさま。　・交通：交わり通じているさま。

※鷄犬互鳴吠：ニワトリやイヌが鳴き合って（平和な様子である）。

※俎豆猶古法：お供えをして（先祖の）祭りをするやり方は、ずっと昔ながらのやり方であり。　・俎豆：（そとう；zu2dou4○●）お供えをして（先祖の）祭りをすること。祭壇とお供え。　・俎：祭りのとき、魚肉を載せるお供えの台。　・豆：祭りのときの供えの高坏。豆字はその象形である。俎豆は「まないた」と「まめ」ではない。　・猶：今に到るまでずっと。　・古法：昔の作法。

※衣裳無新製：衣服は、新しい様式ではなくて、古い形式のものだ。　*衣服は、新しい様式ではなくて、古い形式のものだの意であって、ここは、「（ここの里人は）新たに服をつくることがなく、（古いぼろぼろの衣裳を纏っている）」などではない。

※童孺縱行歌：こどもらは、ほしいままに歩きながら歌を歌って。　*長閑なさまを謂う。　・童孺：〔どうじゅ；tong2ru2○◎〕こども。　・縱：ほしいままに。　・行：行く行く。

※斑白歡游詣：ごま塩頭の老人は、歓び遊びながら行き交っている。　・斑白：ごま塩頭。また、その人。ここでは後者の意。　・歡游：歓び遊ぶ。　・詣：〔けい；yi4●〕いたる。行く。進む。伺候する。

※草榮識節和：草木が盛んになって、花が咲くことで、季節がなごやかになったことを知り。　*自然の営みから春が来たことを知るということ。　・榮：草木が盛んになる。花が咲く。花。　・節和：季節がなごやかになる。

※木衰知風�氏F木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことで、（秋）風のはげしさを知る。　*自然の営みから秋からが冬を迎えようとしていることを知るということ。　・木衰：木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことであって、ここは、木がおとろえてくる、ということではない。　・衰：疎らになる。「衰」字の発音は普通よく言うshuai1ではなくて、cui1になる。「衰」字をshuai1と読む場合の「おとろえる」という意味はなく、cui1と読む場合は、髪の毛や落ち葉等が一本又一本と少しずつ減っていくことを意味する。「衰」字のcui1と「催」字のcui1と、 どちらも同音であって、賀知章の「回�ｸ偶書」では「�ｸ音無改鬢毛摧 。」として、使われている。
・風�氏F風がはげしい。

※雖無紀歴志：暦や記録が無いとはいっても。　・雖無：…が無いといえども。　・紀歴志：こよみの記録。

※四時自成歳：四季（の移り変わり）で自然と一年ができあがる。　・四時：〔しいじ；si4shi2●○〕四季。

※怡然有餘樂：すなおにしていても、十分なたのしみがある。　・怡然：〔いぜん；yi2ran2○○〕喜び楽しむさま。すなおなさま。　・餘樂：ゆとりある楽しみ。
残りのたのしみ。

※于何勞智慧：何に智慧を働かせる（必要があろうか）。　・于何：何において。何に。　・于≒於。

※奇蹤隱五百：不思議な足どりが隠れてしまってから、五百年が経つが。　*遺民が桃花源に隠れてから五百年が経った太元年間に武陵の漁師が現れるまでの期間を謂う。　・奇蹤：〔きしょう；qi2zong1○○〕不思議な足跡。

※一朝敞神界：ある日、神秘な世界（桃花源）が、遮るものがなくなって（広々とした視界に）あらわれた。　*太元年間に、武陵の漁師がこの桃花源を訪れ、神秘のベールが取り払われたことを謂う。　・一朝：あるとき。ひとたび。　・神界：神秘な世界。ここでは桃源郷のことを言う。　・敞：〔しゃう：chang3●〕たかい。遮るものが無くてひろやか。あけ広げる。ほがらか。のびやか。

※淳薄既異源：人情の厚薄の違いは、全く異なったものであり。　*桃源郷の人々の価値観は大きくずれているということ。　・淳薄：〔じゅんはく；chunbo2（bao2）〕人情が厚いことと薄いこと。　・淳＝醇。醇厚。人情が厚いこと。　・異源：來源を異とする。

※旋復還幽蔽：たちまちに再び、なおもまた覆い隠されてしまった。　・旋：たちまちに　・復：また。再びまた。　・還：なおもまた。　・幽蔽：〔いうへい；you1bi4○●〕覆い隠す。

※借問游方士：世俗の人におたずねするが　・借問：おたずねしますが。　・游方士：方の内に游ぶの士。俗世間に住む人。世俗の人。　・方内：人の世、俗世間。　・方：国。道、常、道義。宇宙。世界。「莊子」「孔子曰：『彼游於方之外者也，而丘游方之内者也。』」からきている。

※焉測塵囂外：いったい、この俗世間の外（脱俗の世界、桃花源）を想像してみたことはあるのか。　・焉：いづくんぞ。なんぞ。疑問、反語。　・測：憶測する。推測する。想像する。はかる。　・塵囂：〔ぢんがう；chen2xiao1○○〕塵埃と騒音。塵埃と騒音の巷。俗世間のこと。ここは後者のこと。

※願言躡輕風：できることならば、軽やかな風に乗って。　・願：ねがわくは。　・言：無意味の語気助詞。　・躡：〔でふ；nie4●〕ふむ。（人の足を）ふんずける。（靴を）履く。

※高舉尋吾契：高らかに舞い上がって、わたしの理想に合致した（あの桃源郷の人々を）尋ねたいものだ。　・高舉：高く舞い上がる。　・吾契：わたしと契り合ったもの。自分の理想に合致した。

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◎　構成について

　去声一韻到底。韻式は「ａａａａａａａａａａａａａａａａａ」押韻は「（紀）世逝廃憩藝税吠製詣�詩ﾎ慧界蔽外契」で、平水韻去声八霽。第一句の「紀」は、現代語では去声だが、平水韻では上声四紙。それ故、「紀」を韻脚と見るかどうかは疑問。陶淵明は他の詩では第一句では押韻しない。ここでも同様とみるべきだろう。この作品の平仄は次の通り ：

　
　　　○●●○●，（？韻）
　　　○●●○●。（韻）
　　　○●○○○，
　　　○○●○●。（韻）
　　　●●○●○，
　　　○○○○●。（韻）
　　　○●●○○，
　　　●●○●●。（韻）
　　　○●○○●，
　　　●●○○●。（韻）
　　　○●○○○，
　　　○●●○●。（韻）
　　　○●●○○，
　　　○○●○●。（韻）
　　　○●○●●，
　　　○○○●●。（韻）
　　　○◎◎○○，
　　　○●○○●。（韻）
　　　●○●●○，
　　　●○○○●。（韻）
　　　○○●●●，
　　　●○●○●。（韻）
　　　○○●○●，
　　　○○○●●。（韻）
　　　○○●●●，
　　　●○●○●。（韻）
　　　○●●●○，
　　　○●○○●。（韻）
　　　●●○○●，
　　　○●○○●。（韻）
　　　●○●○○，
　　　○●○○●。（韻）

２００２．３．　７ 　　　　　３．１０ 　　　　　３．１３ 　　　　　３．１４ 　　　　　３．１５完 ２００３．９．１２補 ２００７．４．２５ ２０１５．４．　１

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