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昔年因讀李白杜甫詩,
長恨二人不相從。
吾與東野生並世,
如何復躡二子蹤。
東野不得官,
白首誇龍鍾。
韓子稍姦黠,
自慚青蒿倚長松。
低頭拜東野,
願得終始如蛩。
東野不迴頭,
有如寸撞鉅鐘。
我願身爲雲,
東野變爲龍。
四方上下逐東野,
雖有離別無由逢。
醉留東野
昔年 李白 杜甫の詩を 讀むことに 因(よ)りて,
長く恨む 二人 相ひ從はざりしことを。
吾と東野とは 並世に 生まる,
如何(いかん)ぞ 復(また) 二子の蹤(あと)を躡(ふ)む。
東野は 官を得ずして,
白首 龍鍾(りょうしょう)を誇る。
韓子は 稍(や)姦黠(かんかつ),
自ら慚(は)づ 青蒿(せいかう) 長松(ちゃうそう)に倚る。
低頭して 東野を拜し,
願はくは 終始 蛩(きょきょう)の如くあるを得ん。
東野は 頭(かうべ)を迴らさず,
寸(すんてい) 鉅鐘(きょしょう)を撞(つ)くが 如(ごと)く有るに。
我 願はくは 身は 雲と爲り,
東野は 變じて龍と爲らん。
四方 上下(しゃうか) 東野を逐(お)ひ,
離別 有りと雖(いへど)も 逢ふに由(よし)無し。
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◎ 私感註釈
※韓愈:中唐の文人、政治家。768年(大暦三年)〜824年(長慶四年)。洛陽の西北西100キロメートルの河陽(現・河南省孟県)の人。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)44−45ページ「唐 都畿道 河南道」。字は退之。諡は文公。四六駢儷文を批判し、古文復興を倡えた。仏舎利が宮中に迎えられることに対して韓愈は、『論仏骨表』を帝(憲宗)に奉ったが、却って帝の逆鱗に触れ、潮州刺史に左遷された。その時の詩。唐宋八大家の一人。
※醉留東野:孟郊を酔っぱらって(別れて帰っていくのを)引き留める。酔いとともに留別する。 *長短句(填詞)のようでめずらしい詩形式なので、楽府・古詩系統なのか、填詞系統なのかを確かめたくて採りあげた。前者。平仄や表現方法、内容は従来の古い伝統を引き継いだものだった。詩の内容は「如何復躡二子蹤」からいって送別の詩だ。ただ、孟郊(孟東野)にとってはあまり愉快ともいえない内容。詩の内容ひと言で言えば「わたしたちは仲良しだ。しっかり出世しなされよ、応援しているから。もう会う機会はなかろうが…」。官位の違いから、このことは仕方がなかろうが…。 ・醉留:酔っぱらって引き留める。留別の意。 ・東野:孟郊の字。孟郊は中唐の詩人。湖州武康(現・浙江省湖州)の人。不遇な一生を送った。751年(天寶十年)〜814年(元和九年)。諡は貞曜先生。
※昔年因讀李白杜甫詩:むかし、李白や杜甫の詩を読んだが、そのことで。 ・昔年:むかし。 ・因:…のために。…が(原因)のために。…に因(よ)って。また、因(よ)る。起因する。ここは、前者の意がよりふさわしかろう。 ・李白杜甫詩:李白と杜甫は、盛唐の同世代人でありながら、交友できたのは、一年に満たず、その後別離を強いられたことをいう。
※長恨二人不相從:(李白・杜甫の)二人が一緒になれなかったをいつも残念に思っている。 ・長恨:いつも残念に思ってる。 ・長:いつも。ずっと。≒常。 ・二人:ふたり。ここでは、李白、杜甫のことになる。 ・相從:(いっしょ)に寄り添う。 ・從:したがう。附き添う。
※吾與東野生並世:わたしと孟郊とは同世代だが。 ・吾:わたし。ここでは、作者・韓愈のことになる。 ・與:…と。 ・並世:同世代に肩を並べる。
※如何復躡二子蹤:どうしてまた(李白、杜甫の)二人の跡を踏むのだろうか。 *わたしたち(韓愈・孟郊)も、李白・杜甫の場合と同様に、離れて一緒になれないのだろうか。 ・如何:どうして。 ・復:また。 ・躡:〔でふ;nie4●〕ふむ。(足を)ふみつける。追う。追いかける。(くつを)はく。 ・二子:ふたりの人。ふたりの男子。ここでは、李白、杜甫のことになる。 ・蹤:〔しょう;zong1○〕あと。あしあと。行為のあと。物事のあとかた。
※東野不得官:孟郊(孟東野)君は官職を得ることが無く。 ・不得官:官職に就けない。
※白首誇龍鍾:しらが頭で、年老いて疲れていても平然としている(が)。 ・白首:しらがあたま。 ・龍鍾:〔りょうしょう;long1zhong1○○〕年老いてつかれて病むさま。失意のさま。行きなやむさま。
※韓子稍姦黠:(わたし)韓愈は、ややずるくて悪賢いので。 ・韓子:韓愈。 ・稍:〔せう;shao1○〕やや。 ・姦黠:〔かんかつ;jian1xia2○●〕ずるくて悪賢い。
※自慚青蒿倚長松:おはずかしいことだが、(頼りない)青いヨモギ(のようなわたし)は、大きな松の木に寄りかかっている。 ・自:みずから。 ・慚:〔ざん;can2○〕面目なく思う。面目が無くはずかしい。はじる。自動詞。軽く用いる。 ・青蒿:〔せいかう;qing1hao1○◎〕青いヨモギ。青いわら。作者自身のことを指す。 ・倚:〔い;yi3●〕寄りかかる。たのむ。すがる。 ・長松:大きな松の樹。
※低頭拜東野:孟郊君に頭を下げて拝してお願いしたい。 ・低頭:頭を下げて。 ・拜:拝してお願いしたい。
※願得終始如蛩:願いが叶うならば、ずっといつまでも(仲良しである)「」と「蛩蛩」との二種の獣のように(ありたいものだ)。 ・願得:願いが叶う。 ・終始:ずっといつまでも。 ・蛩:〔きょきょう;ju?qiong2?○〕「『』と『蛩蛩』」との二獣のことで、常に寄り添っている動物といわれる。『淮南子・道應訓』に「北方有獸,其名曰,鼠前而兔後,趨則頓,走則顛,當爲蛩蛩取甘草以與之,有患害,蛩蛩必負而走。」、『呂氏春秋・慎大覽』「北方有獸,名曰蹶,鼠前而兔後,趨則,走則顛,常爲蛩蛩距虚取甘草以與之。蹶有患害也,蛩蛩距虚必負而走。此以其所能託其所不能。」。『山海經』のもありそうな気がして調べているが、今のところ見つからない。(蛇足になるが、代わりに見つかったのが『山海經』第十八に「流沙之東K水之阯L山,名不死之山」という一節があったが、これは我が国の「富士山」ではなかろうか。その前の部分に「取子曰阿女生帝。」という部分、『野馬臺詩』の始め部分にも似ているが…。)
※東野不迴頭:孟郊君は…には、見向きもしない。 ・迴頭:ふり返る。
※有如寸撞鉅鐘:たとえば、小さな竹の小枝で大きな釣り鐘をつくようなことには。 *身の程知らずなことはしない、無意味なことはしない、という意味か。 ・有如:(譬えば)…のような。 ・寸:〔すんてい;cun4ting2●○〕小さな竹の小枝。 ・:〔てい;ting2○〕竹の小枝。ひくだ。機糸をまく管。 ・撞:〔たう(しゅ);zhuang4○声調、発音共に多彩。再考を要する語〕(鐘を)つく。 ・鉅鐘:〔きょしょう;ju4zhong1●○〕巨大な釣り鐘。 ・鉅:〔きょ;ju4●〕大きな。=巨。はがね。ここは、前者の意。
※我願身爲雲:わたしはできることならば、我が身を雲として(変身させ)。 ・身:作者・韓愈の身体。 ・爲雲:雲となる。龍は雲を得てはじめて天に昇ることができる。
※東野變爲龍:孟郊君は大物の竜と変じ(させ)よう。 ・變爲:…となる。 ・龍:池の中の物から天を駆け巡る瑞獣。孟郊(孟東野)に対して斯くなるようにと願っているということ。
※四方上下逐東野:全国各地から、上下の各階層から孟郊くんは追いかけまわされ(るだろう) *孟郊くん、あなたも追いかけ回されて、忙しくなろう。 ・四方:全国各地。 ・上下:身分の高い階層や下級階層から。 ・逐:追いかける。
※雖有離別無由逢:(これでは)別れるということはあっても、なかなか出逢ことができないわけだ。 ・雖有:…であるとはいっても。 ・離別:別離。別れる。 ・無由逢:出逢うわけがない。 ・無由:よしなし。 ・由:理由。わけ。 ・逢:(偶然に)出逢う。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAAAAA」。韻脚は「從蹤鍾松蛩鐘龍逢」で、平水韻。次の平仄はこの作品のもの。
●○○●●●●●○,
○●●○●○○。(韻)
○○○●○●●,
○○●●●●○。(韻)
○●●●○,
●●○○○。(韻)
○●○○●,
●○○○●○○。(韻)
●○●○●,
●●○●○?○。(韻)
○●●○○,
●○●○○●○。(韻)
○●○○○,
○●●○○。(韻)
●○●●●○●,
○●○●○○○。(韻)
2007.7. 7 7.10 7.11 |
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