乙一 12


失はれる物語


2003/12/14

 本作は、角川スニーカー文庫から刊行された『失踪HOLIDAY』『きみにしか聞こえない』『さみしさの周波数』に収録の5編に、書き下ろし1編を加えたいわば再編集版である。既にこれらの作品を持っている読者にはあまりメリットがないかもしれないが、普段角川スニーカー文庫を手に取らない読者へのアピールだと思われる。

 ご存知の通り、角川スニーカー文庫はいわゆるライトノベルに属するレーベルである。あとがきで乙一氏自身も指摘しているが、極めて特殊なポジションに置かれ、その地位は低い。かく言う僕自身、見下していた一人であることを告白しておく。

 実は、本作を読むに当たり未読だった『きみにしか聞こえない』『さみしさの周波数』を読んでみた。ライトノベルに対する先入観から、読まずにおいたことを後悔させるに足る内容だった。感想は別記したのでそちらを参照願いたい。

 唯一の書き下ろし作品「マリアの指」だが、従来の角川スニーカー文庫の読者層はどのような感想を抱くだろうか。ある方が指摘していたが、路線としては『GOTH』に近い。これもまた、一般読者へのアピールと受け取れるが、従来のファン層にこうした作品に対する需要がないとは言えないだろう。実際、『ZOO』に収録の「SEVEN ROOMS」の初出は角川スニーカー文庫のホラーアンソロジーである。

 主人公の高校生が、好きだった女性の指を拾い、ホルマリンに漬けておく…というオープニングから猟奇っぽさ満点の「マリアの指」だが、個人的には他の収録作品から浮いているとは思わない。あたかも指に人格が宿ったかのような、その構成力、創造力は乙一ならでは。ホラーでもあり、本格でもある。怖くもあり、結末はどこか切ない。乙一氏には心配には及ばないと言いたい。この1編だけでも買った甲斐がある。

 いつもふざけているあとがきは、今回は至って真面目。本作の刊行は、業界でライトノベルが置かれた立場を考えさせられるいい機会であった。今後、角川スニーカー文庫から乙一氏の新刊が出たら、即座に買うことにしよう。



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