何て言ってこの家から連れ出そうか考え始めていたら、携帯が鳴り出した。

――――・・・吉井!?

一瞬期待して、ちょっと胸が弾んだけど、・・・・・・・・・・・違う、ヒーセか。
そうだよな。
あ、待って。ヒーセなら好都合じゃん。

「もしもし」
『お、エマ!あのさ、変なこと聞いていいか?』
「変なことというのは、今俺の部屋にいる子供のことかな?」
『ああああ・・・やっぱりアレは現実だったのかよ・・・。誰の子だよ、あれ』
「言っとくけど、俺の隠し子じゃないよ」
『あ?そうなのか?・・・・って、おい、それじゃ誘拐しちまったのか?俺ら』
「そうでも無いんだけど・・・。ヒーセ、ちょっと相談あるんだけど、これから会えない?」
『お、おう。いいけど、何だよ』
「・・・・・・・・・・・・・・・助けて欲しいんだよ」


何故か俺、昔からヒーセには何でも話せる。
なんせ、一人では抱えきれない。
この子のことも、吉井とのことも。
英二はダメ。冷静になれないから。

「英昭、ごはん食べに行こうか」

電話を切って英昭を振り向くと、嬉しそうにこっくり頷いた。



そして、それから1時間後の現在、
ファミレスでハンバーグを頬張る『英昭』を隣に座らせて、
がっくりと頭を抱えるヒーセを眺めている。

「ヒーセ、から揚げ冷めるよ?」

とりあえず、事情を説明した後、
何て言っていいか判らずにとりあえず無難な言葉をかけてみる。
が、ヒーセは苦悩の表情で怒鳴り返してきた。

「んなこと言ってる場合か!」

怒鳴らないでよ。人目についたらどうすんの。
それに・・・

「俺の所為じゃないもん」
「〜〜〜〜・・・!!」

ヒーセが、グラスの水を一気に飲み干した。
そして大きく深呼吸すると、再び口を開く。
「いいか。もう一回聞くぞ?
昨夜俺たちが連れて帰ってきたこの子は、目が醒めたらエマの部屋にいた、と」

「うん」

「で、名前を聞いたら『菊地英昭』だっつーんだな?」

「そう」

「で、お前はそれが過去の自分がタイムスリップしてきたんだと、そう言うんだな?」

「まあ、そう考えるしかないかと」

「んなわけがあるか!」

あー・・・また怒鳴る。平日の午前中でよかった。お客少なくて。
あ・・・でもウエイトレスがちらちら見てる。

「じゃあ、なんでヒーセたちは英昭をウチに連れて来たんだよ」
「え・・・?」

黙ってしまった。・・・覚えてないわけね?

「英昭は覚えてる?」

訊くと、マッシュポテトを少しばかり口元からこぼして、英昭が考えた。

「んとね、連れて帰ってあげるから住所言いなさいってこの人が言うから、言ったの」
「なんて言ったの?」
「東京都八王子市・・・・・・・・・」

英昭が言った住所は、番地までまるっきり俺の住所だった。

「ね?」

ヒーセは口をぱくぱくさせて、俺のグラスの水を奪って飲み干した。
まだ足りないか。

「英昭、生年月日言える?」

確か、五歳くらいにはもう覚えこまされてたな、
住所と生年月日と電話番号は。俺、迷子得意だったから。

「しょうわさんじゅーきゅうねん、じゅうにがつなのか」

あはは、棒読みだ。そうそう、俺、この生年月日っていうのがなんの記号なのか
わかんないままに覚えたんだよ。だからしょっちゅう、
12月7日のあとに、番地を言っちゃって、
それは違うって怒られたよなぁ。
ヒーセの目は相変わらず泳いでる。
それじゃ、もう極めつけはこれを見せるしかないな。

するりと目の前に滑らせたものを見て、今度こそヒーセは目を瞠った。
そう、それは昨夜お母さんが見せてくれた昔の写真。
ご丁寧に日付が入ってるそれは、とても役に立った。
撮影場所は俺の家の前。
髪の長さから、着ている服から、靴下、靴に至るまで、
この子が着ているものとまったく同じ。
そして英昭は「きのうの写真・・・?」と呟いた。

漸くヒーセも認めざるを得なくなったらしく、コメカミを揉みながら煙草に火をつけた。

「どうやったら戻せるのかね」
「映画とかだったら、時期が来ればなんかの形で戻るんだけどね」
「真面目に考えろよ」
「だってわかんないもん」
「だよなぁ・・・けど、ずっとこのままって訳にはいかないぞ?」

そう言われて、俺はちょっと不思議に思った。
そういえば、俺、英昭が元の時代に戻れなくなるって考えたことはなかったな。

あ。

ふと思いついて、携帯を取り出した。

「おいおい、何だよ?どこにかけてんだ?」
「いいから」

コール音の間に質問してきたヒーセを制する。

「あ、もしもし、お母さん?」

暫くの遣り取りのあと、ありがとう、とお礼を言って、電話を切った。

「大丈夫だよ、ヒーセ。俺ね、確かにこの写真撮ったあとに家出してるんだ」

目を丸くしているヒーセに説明する。

母の話によると、俺はこの写真を撮った足で走ってどこかに行ってしまったらしい。
いくら捜しても帰ってこなくて、てっきり誘拐だと思って捜索願だしたり、大変だったそうだ。
それが、3日後の夕方、ひょっこりゴキゲンで帰ってきたという。
それも一人で。しかもタクシーで。

「どこに居たのか訊かれても、誰と居たのか訊かれても、
一切答えなかったらしいよ。だからお母さんたちも未だに真相は知らないんだって」


それを告げると、ヒーセは暫くぽかんとして、やがてくしゃっと笑った。

「そっか。いくら捜査しても、その時代に俺たちがいないんじゃ判んないよな」
「でしょ?」
「うし、3日経ったら戻るんなら、それまで面倒見っか!」

膝を叩いたヒーセを見て、今度は俺が意外だった。

「ヒーセもつきあってくれんの?」
「ったりめぇだろ?こんな時に見捨てられっかよ」

ヒーセって、ホント優しいなぁ。
じわっと胸の中があったかくなってくる。
俺も一人にされたらどうしていいか判んなかったから、心底嬉しくなった。

一方、英昭は俺の携帯に目をつけて、「これなに?これなに?」と煩い。

「そっか。俺らの子供の頃から考えたら、こんなもん夢の機械だよなぁ」
「だね。想像もつかなかったよね。っていうか、
 この時代ぜんぶ、魔法の世界なんじゃない?」
「おお、そうだな!
 うし、ヒデ坊!あさってまで、おじちゃんたちと魔法の国で遊ぶぞ!」

手を伸ばして頭を撫でてくれるヒーセに、
朝から本当は微妙に半ベソ状態だった英昭は、
今度こそ心のそこから笑って、「うん!」と答えた。
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