その日はそのあと、ヒーセと英昭と3人で、俺たちが子供の頃には無かったディズニーランドに乗り込んだり、買い物に行ったりした。
ヒーセは、(英昭にしてみれば)夢の機械満載の電気屋を見せたい、と、散々喚いた。

「あんまり今の時代の知識つけないほうがいいんじゃないの?」
と心配する俺に、ヒーセは
「大丈夫だって!だってお前、成長過程で混乱したりしなかっただろ?」
なんて平気なもんだ。

や、そうといえばそうなんだけど・・・。

そうか。ディズニーランドに初めて行ったとき、なんか懐かしい気がしたのはこのときの経験の所為だったのか。とか、子供のころ、魔法の機械の話をして笑われたのは、これを知ってたからなんだな、とか、俺の気持ちは複雑。
『たまに天然』なんていわれるのは、もしかしてこの幼児体験の所為なんじゃないだろうか。
いいけどね。


結局、電気屋には行けなかった。
英昭の着替えを買うべく訪れた子供服屋で、思いのほか時間をとられたからだ。
「英昭、これは?」
「いやー!」
「どこが嫌なんだよ」
「ここの色がイヤ」
「おい、ヒデ坊、じゃあこっちはどうだ?」
「こんなの着たくない」
「〜〜おいっ!」
そんな遣り取りを繰り返し、シャツと半ズボンを1枚ずつ買うのに、2時間もかかったんだ。
俺って小さい頃、こんなに我侭だったっけ!?
ヤな子供だよ、まったく。
過去の自分だというのに、そうやって呆れ返っていたら、疲れ果てたヒーセが、ぼそっと漏らした。

「エマ、5歳の頃からちっとも変わんねぇのな」

・・・・・・・・・えー?





一日めいっぱい遊んで、日も暮れて行き場に困った俺たちは、どんなに考えてもこの選択肢しか思いつかなかった。
そう。俺と吉井の隠れ家。


「おい、いいのかよ・・・ロビンの留守に俺なんかが来ちまって」

ヒーセはひたすら恐縮してる。

「だって仕方ないじゃん。家に連れて帰るわけにもいかないし、ホテルってのもアレだしさ」

それに俺には確信があった。
間違いなく、英昭はここにいるべきなんだという確信。
それは、さっきの母との電話での会話だった。

『とても遠いところからだったのよ、そのタクシー。それに運転手さんの話では、料金は既に乗せるときに一緒だった髪の長い男の人に貰ってるからって言ったの』
誘拐にしてはおかしいし、俺の機嫌がとても良かったから、酷いことされた訳でもなさそうなんだけど、あまりにも不思議で。
しかも警察にも届けてあったので、詳しい事情をそのタクシー運転手から聞こうとしても、必死の捜査にもかかわらず、そのタクシーの存在は割り出せなかったという。
『私が控えておいた車のナンバーすら、存在しないものだったんですって』
・・・と、今になってもその時の不安と驚きを、昨日のように思い出すと言っていた。
「俺、どこから車に乗ったのかって、判る?」
その質問に、母が即答した地名は、ここの・・・つまり、俺と吉井のマンションのある地域のものだった。

つまり、明後日の夕方、多分俺がここから英昭をタクシーに乗せることになるんだろう。

それを簡単に説明しても、ヒーセは
「けどよ、主不在だぜー?」
・・・なんて、もじもじしたまま、なかなか玄関から入ってこない。
むか。
主って、俺がいるでしょ。
第一、ここは吉井んちではない。

「言っとくけど、ここ、俺んちだよ?この部屋の名義、俺なんだから」
「え?そうなのか?だってロビンがここ捜すのに必死になってたの知ってるぞ?俺」
「だから、俺んちなんだって。去年の誕生日プレゼントだもん」

ヒーセがぎょっとした。当たり前だ。俺だってぎょっとしたんだから。貰ったとき。

「プレゼントって?」
「この部屋」
「ここって・・・分譲・・・だよな?」
「そうだよ。防音設備とかで改装したって言ってたもん」

都心ではないとはいえ、2LDKの分譲マンションを誕生日プレゼントにする男に、驚かないわけないでしょ。
まあ、吉井は単に半同棲したかっただけなんだけどね。だったら賃貸でいいじゃんって言ったけど、吉井は笑って「そんなのすぐ解約できちゃうから、愛の証には不向き」って言ったんだよ。
それが・・・去年のことなんだけどな。
そのあと半年であんなこと言い出すなんて・・・。

またちくんと胸が痛んで、思考が暗くなり始めた俺の背中を、何か察したのか、ヒーセがばしん!と叩いた。

「よし、ヒデ坊!今夜は川の字で寝るぞ」
「かわのじって?」

英昭がはしゃぐ。

「川って漢字はな、こう、線を三本縦に引くんだよ。ほら、真ん中が短いだろ?ここが子供だ。ヒデ坊だ」
「こっちは?」
「この長いのは、オイラで、こっちがエマだ。普通はお父さんとお母さんとやるんだぞ」
「じゃあ、ひーせがお母さん?」
「・・・って、ちがーう!オイラはお父さんだ!」

ヒーセと英昭がすっかり仲良しなのはいいけど、それはちょっとどうなんだよ!

「どうせダブルベッドしかねぇんだろ?」

・・・お見通しですか。


ヒーセと英昭は、お風呂に入りにいった。
一人になった途端、落ち着かなくなる。
気を紛らわす材料には、この部屋は恵まれていない。
勿論、雑誌とかCDとか、暇つぶしアイテムはいっぱいあるけど、
ここにあるものは全部、吉井と一緒に買ったもの。
何を見ても何をしても、吉井のことが頭に浮かんでどうしようもない。

・・・なんか、もう別れてしまった後みたいな感覚だな。

だって、怖かった。
あんなふうに、吉井が冷たくなったこと、今まで無かった。
こんなに長いこと、俺にだけ連絡とってこないことなんか無かった。

吉井を怖いと思ったのは、これが二回目。

初めて怖いと思ったのは、去年のはじめ、無理やり犯された日。
ぐちゃぐちゃに泥沼に嵌り込んでた吉井が、酔った勢いで俺の身体を開いた。
怖くて怖くて、痛くて、怖くて、こんな男、死ねばいいと思ったけど、どこかでやっと重荷を降ろしたような気もした。

知っていたから。

吉井が、俺のことずっと見てたって知ってたから。
俺に対する気持ちが、そういうものだって知ってたから。
知ってて、はぐらかしてきたから。・・・ずっとずっと、永い間。

だって、吉井はそれまで一度も、本気で俺を求めてきたことは無かった。
本当の真摯さで「愛してる」と言ったことはなかった。
吉井の俺に対する気持ちが、俺の勝手な思い込みで、単なる一人よがりだったらどうしようと・・・そればかり怖くて、逃げ続けてきたから。


その時点で、俺が吉井に対して抱いている気持ちが、恋だったとは、とても言えない。
なぜなら、吉井に貫かれたあのとき、感じたのは「勝った」という気持ちだったから。

大嫌いだと、何度も罵った。
離してほしいと叫んだ。
キレイな顔を殴った。

そんな中で、俺は勝利感に酔っていた。



今は、どうなんだろう。


俺は吉井をどう思っているのかな。
あの時、あんなに憎んだのに、どうして許したんだろう。

どうして、昨夜からこんなに落ち着かないんだろう。
気がついたら吉井のことを考えてる。



手を離されそうになって、やっと気付いたってヤツなのかな。
だとしたら馬鹿みたい。
帰ってきたら謝ろうか・・・。傍にいてって言ってみようか。
・・・なんてね。


こんなことをぐるぐる考えてるなんて、やっぱり俺は吉井に惚れてるのかもしれない。
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