約束どおり川の字で横になって、落ち着かないまま眠りについた。
いつもは吉井と二人のベッドに、関係ない人間を隣において、落ち着くほうがおかしいのかもしれないけど。





浅い眠りはすぐに醒めて、今度はいつまで経っても眠れない。
時計を見ると、明け方の4時だった。


ふと、俺は吉井に電話してみようかと思った。



そろそろあっちも夕方だから、携帯、つながるかもしんない。
こんな不安を抱えたまま、イライラしてるのは俺らしくない。
吉井が何か言いたいのなら聞いてしまって、それでも苛立つなら、
吉井に対して思う存分怒ればいい。

意を決して、携帯を手に取った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・圏外。


吉井の携帯は海外対応だから、通じないってことはない。圏外になってるってことはまだ仕事中なのかも。
朝になってから掛けなおそうか?
いや、でも。
なんだかもう、この衝動を逃したら、吉井と元通りになれないような気がした。

「エージェントの番号・・・たしか、あっちの引き出しにあったよな・・・」

そう、確か吉井の仕事部屋のほうの引き出し・・・・・・・・・あった。


国際電話の長い呼び出しの間、心臓がバクバク脈打つのが聞こえる。
そういえば、俺から緊急の用事以外で吉井に電話するのって初めてだ。
なんて言おう?
何怒ってんの?とか、いきなり切り出したら、また喧嘩になるかもしれない。
オマエの声が聞きたかったとか嬉しがらせを言ったら、喜んでこの間のことなんか水に流してくれるかな。
『もういいんだよ、エマさん。あんなの何でもないんだよ。そんなことより電話してきてくれて嬉しい〜』
とか言うかな。

でも・・・。

もし、吉井が俺の声なんか聞きたくないっていう態度だったらどうしよう。
『なんか用?』
とか、冷たく切り替えされたら?

そんな不安に、思い出したことがあった。


俺、吉井からの電話に出るときって、いつもそういう態度じゃないっけ?


吉井はよく下らない理由で電話をかけてくる。
CD貸してとか、この間買ったスペアの弦ってどこのメーカーだっけ?とか、このフレーズとこのフレーズ、どっちがいい?とか。
そういう用事の時って、大概、直前まで会ってたり、直後に会う予定だったりする時で、会ってるときに言えば済むような理由をつけて、なんだかんだとかけてくる。
何度か、明らかに何の用事も無かったときなんか、
『あの・・・えっと、風が強いから』
なんて、まるっきり意味のわからないこと言ってた。
それは多分、吉井は俺と何か話してたかっただけの電話たちなんだ。
だってそういう電話は、結局何時間もの長電話になったりすることがある。それも、全然関係ない話題で。

俺は本当は、そういう吉井からの電話、嫌いじゃない。
ときどきウザいと思うことはあっても、基本的には嬉しい。
でも俺の返事はいつも
「で、何?」
とか
「なんか用?」
とか。

吉井からの電話を、嬉しく思ってることに気付かれたくないっていう、変なプライドがそう言わせる。



それは、水に流しきれない傷。
今となっては、おそらく相愛といっていい関係になったというのに、あの日犯された恐怖を、今もどこか許せていないからなんだろう。
だって、勝手に信じていたから。
吉井は俺を大切にしてるんだと、勝手にそう信じていたから。
あんな乱暴な抱き方は、その信頼に対する裏切りだと言って良かった。

それでも許したのは、矛盾するけれど、そこまで求められてることに対する心地よさ。
怒りを曲げても、それは失いたくないと思う、エゴイズム。

だから愛情を受け入れるのはいい。
でも俺が惚れてると認めるのは許せない。
だけど失いたくない。

逃げれば、吉井は追いかけてくる。
つれなくしても追いかけてくる。
追いかけて求めてくれる。
いつも、いつも。


そんな、汚い俺のエゴ。
無意味なプライド。


そのプライドが言わせてる、いつものつれない返事を、もしかして吉井は、
今の俺のように不安に思っていたりするんだろうか・・・?
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