vol.12 LOVIN side |
声を失った虚ろなシンガーと、 指を失った可哀相なギタリストが 廃墟と化したライブハウスで佇む夢を見た。 2人は静かに過去の煌きを思い出し、 今では幻となった興奮を脳裏に描いて泣いていた。 ここにいるのは悲しい偶像。 かつて支配者だった、愚かな贋物。 ギタリストが涙を呑んで笑う。 シンガーはそれを受けて、 音の出ない唇を寄せると、 差し出された冷たい手首を噛み切った。 このまま何もかもを消してしまおう。 声の出ないシンガーがスポットライトに一人取り残されてしまわないように。 これで幸せになれるの? 全てが白い闇に葬られて、もう二度と離れない・・・・・・・・・。 目覚めは、かつて無いほど静かだった。 涙が音もなく頬を伝っていた。 また・・・こんな悲しい夢。 ツアー最終日前夜・・・あの夜見た絶望の夢の続き。 なんだって、こんな。 もう俺は本当に孤独でなくなったというのに。 この暗い闇の中でさえ、求めてやまない人が腕の中に帰ってきたというのに。 抱きしめてもらおう。 帰ってきた、俺のエマに。 あの夜のように、もう怖いことは何も無いと・・・。 ・・・? そのときになって、俺は微かな違和感に気付いた。 腕が・・・軽い? 腕だけじゃない、胸の上にも脚にも、何の重みも感じない。 隣にあるべき体温が無い・・・・? 濃い闇で何も見えないから 今が何時なのか知る術もないけれど、 それだけに、どうしてこんな状態でエマが隣にいないのか、 突如胸騒ぎを感じた。 「・・・エマさん・・・?」 呼びかけに答える声も無い。 寝息も、身じろぎの気配さえも。 「エマ?」 嫌な予感が俺を駆り立てて、 やおら身を起こし、明かりをつけた。 ―――――――ギターが・・・ない。 弾いてる? いや、音がしない。 バスルーム ベランダ、キッチン、セカンドルーム。 一縷の望みをかけて、最後に開けたベッドルームのドアの向こうにも エマの姿は無かった。 外に出た?何の為に? 焦る気持ちを宥めようと、俺は必死でなんてことない事情を想像しようとしたが…。 クローゼットの前に散らばった服。 ひとつだけ無くなっている鞄。 無くなっているコート、そしてギター。 まさか・・・まさか! そんな、エマが俺の元からいなくなってしまう筈が無い! 俺の不在を案じ、半狂乱で泣いていたエマが。 愛して欲しいと、全身で求めてきたエマが。 これから、何もかも良くなる筈だったのに・・・どうして? 焦る気持ちのやり場もないまま 俺は部屋をうろうろと歩き回り、やがてそれを見つけた。 サイドテーブルの上に、俺の作詞用のノートが開いていた。 数枚破ったあとのページに密やかな書置き。 『俺が自分を許せるまで時間を下さい。 暫く捜さないでください』 何かよくないことが起こって、止むを得ず引き離されたんじゃない。 エマは自分の意志でここを出て行ったのだ。 ノートは、所々水滴に濡れていた。 エマ―――――エマ! 何これ・・・泣きながら書いたの? 一人になりたかっただけじゃない・・・涙の跡は、別れの宣告・・・? 俺には何もわからない。 あまりのショックと混乱と そして、どこかしらで予感していた、この恐ろしい現実に、 俺の思考は、無明の闇に閉ざされてしまった。 どれくらい時間が流れたのか・・・? 俺が、エマの本当の悲鳴に気付いた時には、もう夜が明けていた。 静かな悲鳴は、見過ごせば気付かないほどにささやかだった。 きっと、書いたものの、そのページは破り取ってしまったんだろう、 書置きの行の少し上に、文字の跡だけが残っていた。 『吉井 愛してる』 ―――――と。 |
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