VOL.13 -LOVIN side- |
朝が来て、また夜が過ぎ、 次の夕方が迫ってきた頃、 俺は英二とヒーセを呼び出して、何もかもを打ち明けた。 今はエマのいなくなってしまった隠れ家に。 英二は無言で話を聞き終わると、いきなり俺を殴りつけた。 虚ろだった俺は、その衝撃を、抗うこともなく受け止めた。 唇の端が切れ、一筋血が流れる。 生々しいその味に、漸く俺の思考は目覚め 俯いたまま「悪い」と呟いた。 「ロビン、自分がしたこと判ってんだろうな」 英二の声音には、隠そうともしな怒りが滲んで 俺は今更ながらの罪の意識に苛まれる。 ―――――罪。 犯した、罪。 それはここにエマを隠したことなのか。 エマに甘えて、傷つけていたことに気付かなかったことなのか。 それとも・・・そもそも エマを愛してしまったことなのか。 苦しめるくらいなら、いっそエマを愛さなければ良かったと思う。 俺がエマを愛したことで、エマが背負った十字架はあまりに重い。 結局俺がここにエマを隠したのも、 エマの庇護という名目を盾に、俺自身の自己満足を満たすだけの行為だったのか。 あれからずっと俺を責めている罪の正体は まだ答えが出ないまま、俺の中でくすぶっていた。 判っているのは、あの笑顔を曇らせたのは 紛れもなく俺自身だということだけだった。 ・・・・・・そして、それで充分だった。 「最初から兄貴には無理だったんだよ。 だから・・・ずっと言ってきたんだ、もう別れろって・・・! 一途に愛してくれないヤツを思いつめてしまう前に・・・って・・・。 結局こんなことになって・・・結局二人とも傷ついてるじゃないか!」 英二の言葉が、いくつも心臓に刺さった。 むしろ―――――英二の言う通りかもしれなかったのだ。 愛してる、と。 こうなってさえエマが口にできなかったのは 恐怖だ。 俺に対するエマの怯えに他ならない。 そんなことにも気付かず、俺は・・・俺は・・・俺は―――――――――!! 「ロビンを責めても仕方ないだろ。 コイツらは二人で選択したんだよ。この関係を。 ロビンは加害者じゃないし、エマは被害者じゃない。 そのことについては、俺たちが口を出すことじゃねえんだよ、英二」 肩で息をつきながら捲くし立てる英二を宥めるように、静かにヒーセが口を開いた。 「ロビンだってそのことは判ってるよ。 だからこそ・・・ここに俺たちを呼んだんだよ。 ・・・・・・そうだな?ロビン」 「・・・・・・ヒーセ・・・」 「お前らが、悪ふざけとかでくっついてたんじゃないことくらい 見てりゃ、判る。 だからこそ、英二もエマに忠告してたんだろ? それでもエマはお前と別れなかった。 エマだってお前を想ってたってことじゃないか。 じゃなきゃ、エマがずっとここにいるもんか。 エマはお前の側に居たかったんだよ」 「・・・それは・・・エマが記憶をなくしてたから・・・」 俺の言い訳に、ヒーセは少し微笑んで溜息をついた。 「馬鹿。 それだけだと思うのかよ? それだけだったら、記憶が戻って、エマが行方をくらます訳ないだろ。 思い出したから帰るって言えば済むことだ。 お前がここに匿ったことを理不尽に思ってたなら お前を責めれば済むことだったんだよ。 それで・・・・・・混乱して色々言ってるけど 本当はそれは英二も判ってるんだろ?」 「・・・・・・・・・」 英二の目は、気づけば真っ赤だった。 顔色も悪い。 ―――――眠れない日が、続いていたんだろう。 ヒーセにしても、この事実を打ち明けて取り乱さなかったところを見ると 薄々は何かに気付いていたに違いない。 今はいつもの明るい表情に、深い懊悩が影を落としている。 俺は――――俺は。 自分だけが辛いと思っていなかったか? エマを酷い目に合わせて、挙句に追い詰めて 俺とエマだけが辛いと思っていなかったか? なんてことだ。 最初から、俺には何も判っちゃいない。 隠していた罪悪感だけで、贖いになるわけもないのに。 「・・・・・・・・・・ごめん」 俺の目に新しい涙が浮かんだ。 切なく苦しいけれど、暖かい沈黙が、長い間その場を支配した。 ヒーセのくゆらす煙草の煙が、俺が一人でないことを物語っていた。 「――――――――捜してやるんだろ?・・・もちろん」 やがてヒーセの静かな声が、その沈黙を破った。 それが・・・俺の堰を切った。 「・・・・・・・わかんないんだよ!何処を捜したらいい? 何処に行ったのか・・・全然わかんない。 よく行く店とか、アイツのちょっと前の女のこととか 思いつくところは探し回った。 遠くに行ったのか―――――どこに行ったのか・・・・・・ どこをどう捜したらいいのか、判んないんだよ・・・・・・!」 恐れていたことが、一度に脳裏に押し寄せる。 確実にこの街からは出て行っただろう。 そして・・・・・・どこか遠く?世界中のどこに、俺の愛しい人はいるの? まさか・・・この世界のどこにもいない・・・・・・・・・・ そんなことはありえないと思うけど、 まさか――――まさか―――――― ジャガーは魂になって、愛しいマリーを探し出したけど 俺にはその術がないんだ・・・。 「俺が捜すよ」 英二が言った。 「兄貴が何ヶ月か前にいなくなったとき、真っ先にパスポートを調べた。 ちゃんと家にあったよ。・・・・・・今、話を聞いたら当然なんだけど・・・。 家に一旦帰って持ち出すことも考えられるから 兄貴のパスポートは、俺が持ってる。・・・あれから、ずっとね。 だから、兄貴は国内にいる。 だからって闇雲に捜したって、一人の人間が見つかる訳ないだろ」 「英二・・・・・・」 英二は静かに立ち上がると、 とりあえず、調べることがあるからと、玄関に向かった。 ヒーセもそれに続く。 「おまえは、エマが帰ってこれるように整えてやれよ。 見つかっても、おまえらにこんなにしこりがあったんじゃ、 エマは帰って来れない」 「ああ・・・」 見送りがてら、俺も外に出た。 「ありがとう。二人とも・・・」 「何言ってんだよ、俺らメンバーじゃねえか」 「おまえだけの兄貴じゃねえんだよ」 ギリギリに張り詰めていたものが、暖かく昇華していくのを感じた。 エマ・・・エマ。 俺は今、こうやってヒーセと英二が側にいて、痛みを軽減してくれてる。 おまえは、それさえも届かない場所で、一人で泣いていないか? たった一人で苦しんでいないか? この両手がおまえに届くのなら 辛いことは何もない、と 抱きしめて眠らせてあげたい。 俺に会いたくないなら、会わなくていい。 だけど俺はいつもおまえを護っていたいと―――――――。 ―――――そのとき。 「!」 「なんだ!?」 強い光が俺たちを照らした。――――カメラの、フラッシュ? 凄いスピードで、路地裏を一台の車が去っていった。 嫌な予感が湧き上がってくる。 お願いだから、誰もこれ以上エマを追い詰めないでくれ・・・・・・・・・・・・・・・! 『THE YELLOW MONKEY ギタリスト失踪!』 無情なその報道がなされたのは、2日後の朝のことだった。 |
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