VOL.17 -LOVIN side-  

掌を強く握り締めて、軽快な明るい空間に足を踏み出した。
・・・・・・・震えるな!
自分自身に言い聞かせながら。

周囲の反対を押し切ってまでのこの賭けは、
吉と出るか、凶と出るか。
俺の読みが正しければ、エマは間違いなく、この番組を見るはず。
エマは誤解しないだろうか。
今夜の俺の言動を。

頼むから、エマ。
俺を見ていて。
俺の真実を。







「お久しぶりです、吉井さん」
「どうも。ご無沙汰してました」

踏み出してしまえば、俺の震えは止まっていた。
僅かに過剰な緊張は見えているかもしれないが、他人には判りはしないだろう。
司会者の声音が、あまりに普通なので、
俺は逆に虚勢を張ることができそうだ。

普段より、少し余裕のある態度をとってみる。
そんな気分では、とてもないのに、薄く笑みを浮かべながら。

「何だか、最近お騒がせですね」
振られる話題も、打ち合わせどおり。
外せないリハーサルで、既に俺の意向は番組側にも伝わっている。
・・・本当のところは、誰にも告げてはいないけれど。

「ねえ?何なんでしょうね。びっくりしちゃいましたよ」
――――冷静に。

「実際のところ、どうなんですか?ちょっと・・・ねえ?穏便じゃない噂が立ってますけど」

「エマと俺の確執、とかね。
 どこから出た話なんでしょうね。
 ファンの皆さんは知ってくれてますよ、俺のエマの愛の程は」

「・・・ははは・・・愛ですか。
 じゃあ、やっぱり、デマ?」

「デマです。確執とか、解散とか。
 そんなことは考えてもいませんから、安心してください」

嘘はついていない。
俺とエマの間に、確執なんてありはしないから。
あったのは、不器用に擦れ違ってしまった、ぎこちない愛情。
俺たちを歪めてしまったのは、それを守りたいが為の嘘。
―――-きっと、二人とも。

俺が、エマが、素直に『オマエを愛してる』とさえ言えれば、必要のなかった嘘。

ねえ、エマ。
いつかそれを笑えるといいね。
『そんなこともあったね』って、二人でさ。
こんな簡単な言葉が、何故あのとき言えなかったんだろうね、って。


「良かったです。安心しましたよ。
 日本を代表するロックバンドの一つが、なくなってしまうのかと思いましたからね」
ありきたりなコメントを、司会者が返す。

ここまでは、打ち合わせ通り。
ここからが・・・俺の勝負だ。
エマ・・・愛してる・・・・・・・・・。

司会者は、滞りなく進行する番組を、予定通りの口調で進めようとした。

「さて、吉井さん。本日は『大切な1曲』というテーマで・・・・」

俺は、大きく息を吸い込んだ。

「ただ、俺がおかしかったのは事実なんです。ここんとこ」

「―――・・・・・・・・・え?」

司会者の顔色が変わった。そんなトークの予定ではなかったのだ。
取り囲むスタッフたちの動きも一瞬止まる。
袖で見守っていたマネージャーが慌ててストップをかけ、
俺は、収録を止められるんじゃないかと危惧したが、
状況が状況だけに、有力な話題を提供されることを期待してか、そうはならなかった。

「俺は・・・ずっと大切に思ってきた人を、
 長年にわたって傷つけていたことを、つい最近になって知りました。
 そのことに頭が一杯で、周囲に対する配慮が足りなくて
 今回の騒動を引き起こしたんじゃないかと思っています」
「それは、メンバー間でのことなんですか?」
「・・・・・・・・・大切な人です。
 勿論、メンバーも大切な人ですよ」

微妙に誤魔化さざるを得ない状況を歯痒く思いながらも、俺はそう続けた。
本当はここで「エマ、愛してる」と叫びたいくらいだったのだが
それはできないことは、百も承知だ。
そして、だからといって、そうしてしまえない自分が許せないことも。
――――こうなって尚、保身しているかのようで。

――――冷静になれ、俺!
それは仕方のないことだろう。俺の言動は、否応なく周囲を巻き込んでしまうんだということは
今回の騒動で身に沁みたはずだ。

「俺、その人が傷ついていたことを知って
 きっともう、俺が許されることはないだろうと思いました。
 ・・・愚かな道を歩もうとも・・・。
 そして、それが余計にその人を苦しめることになったんだと思って。
 ・・・何言ってんのか、判りませんよね。ははは。
 俺にもよくわかんないです」

「そういった経緯の中で、吉井さんの態度がおかしかったことで
 周囲に誤解を招いた、というわけですか。
 じゃあ、エマさんとはやっぱり、何かトラブルがあったわけではないんだ」

微笑んで、それには答えなかった。
その相手こそがエマだと言えない以上、「何もない」とも言えない。
俺は公共の電波での発言をしながらも、エマに対してだけ、この言葉たちを伝えたいのだから。

「失踪、とか言われてますけど、本当はエマさん、どこにいるんですか?」

「――――― すぐ、側に」



判る?エマ。この意味。



「じゃあ、ホントに安心なんだ」
「はい。どこか行ってたら、ライブなんかできませんからね」

「ライブの予定があるんですか?」
予定通りの話題に戻って、明らかに司会者の表情が安堵した。

「年末に、THE YELLOW MONKEYの誕生日があります。ほぼ毎年、その日はライブしてるんですけど。
 今年は先週まで告知しなかったから
 無いと思ってた人も多いでしょうね」
「年末って、もう12月ですけど、随分ギリギリなんですね」
「実は会場の調整がなかなかつかなくて。だから、いつもとは違う会場なんです。
 今年は、A会館で」
「楽しみですね。ファンの皆さんも、心配されてたでしょうから、
 年末はライブでそれを吹き飛ばしてあげてください」
「勿論・・・そのつもりです」





賽は投げられた。
エマがこれを見てさえいれば、その日までに答えは出るはず。




俺は祈りを込めて、歌撮りのマイクの前に立った。

俺は――― その瞬間を、ものすごく奇妙に捉えた。
どこかで感じたような、この心細さ・・・。

・・・・・・・・そうだ。
あの、事故の前の夜に見た、夢のよう。
俺の背中には、ヒーセも、アニーも・・・そして、エマもいない。

こんなふうに、歌うなんてね。

あの夢の中、俺は孤独と恐怖のあまり、声も出ないまま、闇に墜落した。
とり残されて、俺は独り。


けれど。
けれど、今は。
おまえに、この歌を届けるために。


『大切な1曲』という、今日の番組のテーマで、歌う曲は決めていた。
メンバーの奏でるそれとはどこか違うイントロがはじまる。

『This is for you』

この曲を、おまえのために。





エマ。
俺はね、おまえを取り戻したい。
今度こそ、何の偽りもない、真実の姿で、おまえを愛したい。
その為なら、必死で逃げ込んだおまえの行く先なんて
いくらでも遮ってやる。

安心して。
もう、籠の鳥には戻さない。
外に焦がれて、でもどうしても出て行けない
狭い籠の中に閉じ込めようとは思わない。

自由に空を羽ばたいて、飛んでおいで。
ホントはね、俺、いつもエマが一歩足を踏み出せば、
もう俺のもとになんて戻ってこないほど、自由に飛び回るんだと思って怖かった。

でも、エマ。
きっとおまえの羽は、今は雨に濡れて広げられずに震えてるね。
わかるんだよ。今は。
強情だから、無理に連れ戻したら、逃げてしまうこと。
でも、どんなに冷たくて、苦しくても
本当は臆病なおまえは「帰っておいで」と言われないままでは
帰ってこれないこともね。

本当は、ずっとそうだったのかもしれないね。

クールで、俺とのことなんて、軽い関係程度にしか見せてなかったのは
いつ俺が背中を見せても、傷つかないように、だったの?
そんな気がするんだ。

この間、英二に言われて気付いたばかりなんだけど、
俺、今ではおまえの記憶喪失が嘘だったって、確信してる。
エマに嘘をつかせたのは
ギリギリまで張り詰めていた、その糸を、
思いがけず俺が緩めたからなんじゃないかって。



エマ。


この声を聞いたら、安心して眠れる巣に帰っておいで。
巣の扉は、いつも開いてる。
おまえが帰ってくるまで、絶対に閉ざしたりしない。
そして俺も
そこで共に眠り、次の朝には一緒に飛ぼう。

クールなポーカーフェイス。
今はその全てが虚勢に見える、泣き顔の俺の恋人。



曲の終盤、いつもエマが寄り添ってくるところで、
俺はそこにいないエマに寄り添う仕草をした。

エマ
今、どうしてる?
俺はおまえのすぐ側に。
いつも、こうやってすぐ側に――――いるよ。・・・感じる?

無意識に、指先が見えないエマの頬をなぞった。

愛してる。

これが放映されるのは、12月7日。
今年は隣にいられない、あなたの記念日。


「Happy birthday」
最後に、そう告げた。


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