-vol.7 EMMA side- |
「あ…もう、吉井…」 また背後から、腰に絡み付いてくる手に、その気のない抵抗を返す。 吉井は当然ながら、抗いを気にすることなく、耳朶に舌を絡めてきた。 いつも煩いくらいに囁く唇は、 今は言葉を発することなく、ただ首筋から耳元を這いつづける。 静かなリビングに、聞こえるのは舌が立てる湿った音。 それと、だんだん上がってきた、2人ぶんの呼吸。 吉井の熱い吐息は、舌と同時に俺の首筋を責めた。 まだ、それだけ。 だけど、今までにない程の濃密な時間に浸っている体は、 ほんの数日で完全に溶かされ、 吉井が触れる、それだけでこれから起こる快楽を期待し、熱を持つ。 なのに、今日はそのまま吉井は先に進もうとしない。 止めもしないで、ただ延々と同じところを愛撫し続ける。 おおきな掌は、俺の胸や腰をつよく抱くばかり。 その指でもっと触れて欲しくて、 違うところにも熱い舌を感じたくて、 身を捩って吉井の首に腕を回す。 唇を離された吉井は、努めて無表情に見下ろしてきた。 俺は吉井の始めた遊びに気付いて、 わざと切なげに態度で懇願する。 そんな俺の手を解いて、吉井は買ったばかりのソファに腰をおろした。 取り残された俺は、自分からシャツをはだけて、 動かない吉井の手を取って素肌に押し付ける。 誘導した手が、固くなっている胸の突起に触れたあたりで、 吉井の指がぴくりと反応した。 見上げると、さっきと同じ表情ながら、 その目には隠し切れない欲情が溢れていた。 吉井のシャツもはだけて、その胸元に唇を寄せた。 吉井がするように、愛撫を与える。 今まで、そんなことはしたことなかった。 俺が望んでいるのを、吉井に知られたくなかったから。 いや、それ以上に、 俺が吉井との交わりを望んでいることを、 俺自身が認めたくなかったのだ。 吉井が望むから身を任せているだけ、ということにしてしまえば、 いつか触れることがなくなったときに、傷つかずに済むから。 『だって俺は別に吉井に抱かれたいわけじゃいないから』 と、自分に言い聞かすことができるように。 だからだろう、いつもSEXのあとに「いやだ」と呟きつづけたのは。 自分のなかに、どんどん吉井を愛しむ気持ちが育っているのを 無意識に認めて、ガードしていたのだ。 俺の舌は止まることを忘れて、指先は吉井のファスナーを降ろす。 舌を絡めると、やっと動いた掌が、俺の頭を撫でた。 「エマさん…かわいいね…」 囁きながら、その手に時折力がこもる。 声に湿った色を見て、俺は素直に喜ぶ。 今まで見せることのできなかった感情を、一気に伝えたくて、 このところ俺は吉井を悦ばせることに夢中になっていた。 それは吉井にとっても センセーショナルな出来事だったに違いない。 吉井が俺を呼ぶ声は、今までよりも更に甘くなり、 そして一緒に暮らし始めて数日、 俺たちはほとんど片時も離れていない。 徐々に買い集めている、俺の気に入った家具や、オーディオ類は すべてオーダーしては運ばせ、 日常に必要な買い物などの為に、ほんの小一時間足らず吉井が家を空けるくらいで それ以外の時間は殆どこうして寄り添っている。 俺たちは完全に非日常の中にいた。 「エマさん…ダメ、我慢できない」 遂に吉井は音を上げて、俺をソファに押し倒した。 自分ではじめておきながら、 逆に焦れてケモノみたいになっている吉井は、 乱暴なほどに激しい愛撫を俺の全身に与える。 俺は漸く満たされた欲求を満喫し、 憚ることなく歓喜の声をあげる。 「あ…ん、吉井……キスも欲しい……」 「ここまでおいで。自分からキスしてみなよ」 「…やだ。吉井がして」 「………わがままだね」 深く、甘くキスを交わしながら、 くすくすと淫らな忍び笑いが、秋の始めの日差しに溶けていく。 「ねえ、もう入ってもいい?」 「どうしようかな…。さっき意地悪されたから…」 「エマさん、楽しんでたじゃない…………こんなふうに」 「あっ… もう…」 「……入るよ…。ちゃんと気持ちよくしてあげるから……」 「………吉井………」 混ざる吉井の体温を受け止める。 背中に爪を立てて。 自分の意志とは違う息遣いに打ち抜かれ、 動物みたいな力強さに翻弄されながら、 半ば被虐めいた快楽が背筋を支配する。 やがて吉井の熱が中を満たすまで。 これからのことや、 俺の記憶のことや、 そういうことは俺たちは口にしないままにお互いを貪る時間を選んだ。 現実から逃げてしまった俺と、 罪を背負って虚像に溺れた吉井と、 本当に求めるものが、ふたりの中で 少しずつ歪んでいくことに気付かないふりをして。 |
NEXT |