-vol.8 lovin side- |
「やっぱり…」 部屋に入るなり、このところ急に肌寒くなった夜風を感じて 俺はエマの居場所を悟った。 寝乱れたままのベッドにエマのシャツ。 主は…やっぱり、ベランダにいた。 17階ともなると、常に風はそれなりに踊り、 髪を遊ばせて、エマが外を見ている。 このところ、そこがエマの定位置だ。 帰ってきた俺に気付かないエマをぼんやりと眺めていると、 まるでエマが元のままのエマで、 今にも一緒にステージに立てそうな気がする。 閉じ込められた鳥が、籠の外に焦がれてるみたいだ…。 事実、今のエマは籠の鳥だ。 閉じ込めた俺が外に出るのを、微かに怯えつつ毎日外に焦がれる。 だけど、一緒に外に誘っても、 絶対に首を縦に振らないのだ。 一緒に暮らし始めて数週間、互いを貪りあった日々…。 今もそれは変わらない。 俺たちは昼となく夜となく、 まるで馬鹿みたいにSEXに溺れた。 できるだけ、なにも考えないように。 それは、最初にエマと寝た頃の感情にとてもよく似ていた。 エマの本当の気持ちや、先のこと。 それらを全て、なにも考えなくていいように あのころの俺は何かに駆り立てられていた。 思うようにいかないセールスや、コンセプトの先行 プレッシャーは津波のように高まって、 エマにやすらぎを求め、そして更に傷つくことになった。 エマは、俺が強引に求めることに抗いもしないかわりに、 エマが俺を求めることもなかったのだ。 最初にエマと迎えた朝、溶けるような甘やかな表情を見せたきり。 麻薬のようにエマは俺に浸透し、 けれど俺がエマに浸透することはできずに、 それでも側にはいてくれるエマの本当の気持ちを考えるほどに 思いつきたくない答えばかりが脳を支配し… 俺は打ち消すようにエマを貪り続けた。 いつしかそれが周囲にも当然のことのように見えるまでに。 そしていつしか、 俺はエマの気持ちを疑うことをやめたのか? ――――と、いうよりも、多くを望むのをやめたんじゃないか…? 期待するから裏切られ、望みは果たされるほどに深くなる。 エマが隣にいてくれるならそれでいい。 俺が思うのと同じ重さで、俺を思ってくれなかったとしても、 拒まれていないということは…特別なのだから…と? 自己暗示は功を奏し、 不安定な安定は長く続いた。 俺はそれでいいと思っていた。 次第に懸念は薄れ、愛し合っているという欺瞞にすり変わった。 もしかして、俺がそう思ってしまったことが、 すべての不調和のはじまりだったのかもしれない。 かつてそんな風に思い悩んでいたことを忘れてしまっているほどに 長いこと俺はエマに安心し、依存していた。 あのエマのガラスの目を見てなお、 エマが苦しんでいたかもしれないことに気付きもしないほど―――――――。 そして、罰は下された。 こんなに近くにいながら、エマは俺から離れてしまった。 今、俺が逃げているのは、 社会の常識や、将来への不安ではない。 事実、行方不明が永すぎることに、流石に周囲がざわめき始めているのだが。 「家族には仕事って言ったけど…ロビン、ほんとは何か知ってるんだろ?」 久しぶりに顔を合わせたアニーは、本当は全て解ってるんじゃないかというような 辛辣な視線を向けてきた。 「………しらないよ…」 嘘はあまりに虚しく空を舞ったのだが………。 それすらも、この圧倒的な不安の前では、何ということもないのだ。 それは、 もう本当のエマには会えないのかもしれない、ということだった。 同じスタンスで同じものを見ていたエマ――――。 甘いだけの存在ではなく、一緒に苦しんだ上で 俺を包み、癒してくれたエマ……… 「吉井?」 「あ…」 エマが振り返った。 見透かされてしまうんじゃないかと、掌に冷たい汗をかく。 あどけない子供のような目で、エマが俺の胸に飛び込む。 それは慣れたエマの仕草ではない。 が、紛れもなくエマ自身なのだ………。 愛しい。 想いは変わらない。 どんなエマも愛しい………。 けれど、あの同じスタンスのエマの意思の強い瞳に会いたい気持ちは どうしても否めない。 エマを大切に想い、この優しい日常のなかで 真綿のように守りつづけたい切望と、 ともすれば「エマに会いたい」と口にしてしまいそうな衝動が 繰り返し、せめぎあって押し寄せる。 「ダメだよエマさん…もう風は冷たいんだから、何も着ないで外に出たら…」 「ん…ちょっと寒くなったかな」 「ほら。……シャワー、浴びようか。一緒に」 「………うん」 「そのまま……熱くしてあげるよ」 「…うん…して…」 そしてまた俺は快楽に逃げる。 喘ぐエマの嬌声は、どちらのエマも変わりない恋人のものだから―――――――。 |
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