ミステリ&SF感想vol.249

2026.03.22

刹那の夏  七河迦南

ネタバレ感想 2025年発表 (東京創元社)

[紹介と感想]
 『わたしの隣の王国』『夢と魔法の国のリドル』)以来九年ぶりの新刊となる本書は、微妙に近しいテーマもうかがえるものの、ノンシリーズかつ連作ではない*1短編集――表題作「刹那の夏」は中編といってよさそうですが――で、殺人事件を扱った作品も含まれる*2など、これまでの著作とはやや違った雰囲気となっています。
 本書単独でも十分に楽しめますが、本書の翌月に刊行された『わたしがいなくなった世界に』と併せて読むことで、より楽しめると思います。
 個人的ベストはやはり「刹那の夏」

「刹那の夏」
 災害で甚大な被害を受けた土地に、ボランティアに訪れた女性二人組。宿の娘は彼女たちに、伯父の遺品であるミニチュアの文机と本が入れられたボトルを見せる。三人は、その本のめくることができない頁に記された言葉を見つけるため、伯父が少年時代の夏の追憶を綴ったノートをもとに、隠された秘密を探っていく……。
 伯父の遺品の謎を発端として、遺されたノートをもとに“何があったのか”を探っていく作品。東京からやって来た少年の思い出が生き生きと描かれた前半から、「そこまで行ってしまうのか……」と思わずにはいられない謎解きに至る後半、そして「エピローグ」で明らかになる最後の真実と、全篇が非常に魅力的。謎と物語が美しく結びついた傑作です。
 作者自身によるイメージソング「刹那の夏、永遠の海(feet.AI Merrow) - YouTube」も、併せてどうぞ。

「魔法のエプロン」
 児童虐待の疑いありとの通報を受けて、市役所福祉課の谷口は小岩井保健師とともにその家を訪問する。母子家庭ということだったが、ちょうど母親は不在で、応対に出た小学生の長女は警戒心をあらわにする。様子を案じる谷口と小岩井が、後日再び訪問してみると……。
 巧みなミスディレクションが光る一篇ですが、最後に明かされる真相そのものもさることながら、さらに容赦なく追い打ちをかけるような結末の見せ方が実に見事です。

「千夜行」
 中学三年生の少年・理水{まさみ}は、叔母といとこ――朝乃と暖野{のんの}の女性二人が暮らす、亡くなった祖母の家で過ごすことになった。夫三人との間にそれぞれ娘をもうけた祖母は、長女・明里と確執があり、朝乃と暖野は明里の影に怯えていた。そして嵐の夜に……。
 ワーグナー*3とポオをモチーフにした作品で、次第に不穏な空気を漂わせながらも、何が起きているのかよくわからないまま進んでいく中、クライマックスに用意されている思わぬ一撃が強烈です。
 これも作者によるイメージソング「千夜行(feet.AI Merrow) - YouTube」があります。

「わたしとわたしの妹」
 小学一年生の宿題の日記。担任の冬美はその中で、宮田麻里亜の日記に目をとめる。家庭での生活が生き生きと描かれた、ほほえましい日記だった。家庭訪問の際にも幸せそうな家庭だと感じた冬美だったが、やがて麻里亜の家族が抱える秘密が浮かび上がってきて……。
 担任教師の視点で描かれた、小学一年生の日記をめぐる物語。ある程度は予想できる*4……と思っていると意外な真相に足元をすくわれますが、それ以上に、予断を許さない終盤の展開と心に残る結末が見どころでしょう。

「地の涯て{ランズ・エンド}
 流れ着いた北の果ての町でひっそりと暮らし始めた“わたし”だったが、やがて町では通り魔殺人が発生し始める。そんな中、ふとしたことからアパートの隣人――同じく他人と関わらないように暮らす男性に興味を抱いた“わたし”は、その隣人とささやかな交流を始めるが……。
 スージー&ザ・バンシーズの曲*5から題名がとられるなど、1980年代の洋楽*6が大きくフィーチャーされた一篇。孤独な男女の密やかな交流が、連続通り魔殺人と思わぬ形で交錯することになりますが、ある意味で衝撃的な告白を経て、それでもなお、救いがあるように思われる結末が用意されているのが、作者らしいというべきかもしれません。
*1: (おそらく)一人だけ、「魔法のエプロン」「わたしとわたしの妹」に共通する人物が登場していますが、内容の関連はありません。
*2: 「暗黒の海を漂う黄金の林檎」など、単著未収録の短編には殺人事件が扱われた作品もありましたが。
*3: 恥ずかしながら、ワーグナーは(少なくとも)ちゃんと聴いたことがなく(深水黎一郎『ジークフリートの剣』で知識を得た程度)、そちらに詳しければもっと深く理解できるところもあるのでしょうが……。
*4: 題名からしても、これは作者の想定内でしょう。
*5: 「Lands End - YouTube」
*6: 曲名が出てくる順に、エコー&ザ・バニーメン「Silver - YouTube」、Xmal Deutschlandの「Xmal Deutschland - Polarlicht - YouTube」「Xmal Deutschland - Orient (Music Video) - YouTube」、そしてアズテック・カメラ「knife - YouTube」。スージー&ザ・バンシーズも含めて、このあたりはあまり聴いていませんでしたが……(Xmal Deutschlandなどは名前も知りませんでした)。

2025.11.13読了  [七河迦南]

わたしがいなくなった世界に  七河迦南

ネタバレ感想 2025年発表 (東京創元社)

[紹介]
 職場復帰を目指してリハビリに励む、児童養護施設・七海学園の保育士・北沢春菜。その不在の間にも、学園では不思議な出来事が続いていた……。

 学園内で迷っていた小学四年の文{あや}を案内してくれた女の子“サイトウさん”。二人は循環バスの中で再会したが、“サイトウさん”は忽然と姿を消して……「遠い星から来た少女」
 中学二年のアヤナは、“未来の殺人”を目撃したかもしれないと怯えていた。彼女は以前、母の死を“予知”したこともあったらしい。相談を受けた高校一年の裕美は……「国境のない国」
 二十年前の卒園生から送られてきたメールには、夏祭りのオーディションで合格して集まった少女たちにまつわる、不可解な謎が記されていた……「夏の夕{ゆうべ}のポリリズム」
 高校一年で演劇部の亜紀は、大道具小道具担当として文化祭での公演に参加する。公演は無事に終了したが、主役をつとめた吉野先輩が舞台から消失してしまい……「サンクトゥス」
 県内の施設が合同で行う恒例の駅伝大会。その中継所で、トップで襷を渡したはずの走者が消え失せてしまった。レースを見守っていた高校一年の葉子は……「その走り抜けた一瞬」

 ……そしてその間、学園内のあちらこちらに、殺人を告発する宛名のないメッセージが現れていたのだが……。

[感想]
 前作『アルバトロスは羽ばたかない』から実に十五年ぶりとなる〈七海学園シリーズ〉の第三作。前の二作の内容にある程度触れた箇所もあるので、事前に『アルバトロスは羽ばたかない』までを読んで(読み返して)おくのは必須ですし、できれば、前作の“後日談”が収録された『空耳の森』*1も読んでおいた方がいいでしょう。できればさらに、本書の前月に刊行された『刹那の夏』とセットで読むことをおすすめします*2

 さて本書は、ほぼ独立したエピソードが並びつつもその中で“本筋”が少しずつ進んでいく構成で、“幕間”なども挟まれてはいるものの、前作よりもさらに長編に近づいた形になっています。とはいえ、あまり長編らしく感じられないのは、一つには「第二話」「第三話」「第四話」で、春菜ではなく裕美・亜紀・葉子の三人がそれぞれ語り手をつとめているからで、高校生になった三人が重要な役割を果たすところに成長がうかがえて感慨深いものがありますし、本書の大きな見どころといえるでしょう。また、「第一話」から「第四話」まで消失テーマでほぼ統一されているのが作者らしいところです*3が、同じ“消失”とはいっても手を変え品を変え、楽しませてくれるのはさすがというべきでしょうか。

 「第一話 遠い星から来た少女」では、本書の主役となる文に焦点が当てられます。学園の“主”の謎とバスの中での少女の消失の謎、どちらも真相そのものはたわいもないといえばたわいもないものですが、見せ方がなかなか面白いと思いますし、後につながるテーマを浮かび上がらせるという意味でも印象深いものがあります。

 「第二話 国境のない国」は、消失をストレートに扱うのではなく“未来の殺人”に仕立ててあるのが魅力で、そのためにいくつものネタを組み合わせてあるのが注目すべきところです。ネタの一つは、某国内長編*4を読んでいると見当がつきますが、大きく異なる扱いにはうならされますし、全貌を見抜くのはたやすくないでしょう。特に、最後に明らかになる“ある理由”には圧倒されます。

 「幕間I――夏の夕のポリリズム――」は、春菜と佳音の二人だけが直接登場し、主役となるのは二十年前の園生と、本書の中では例外的なエピソードということで「幕間」と題されてはいるものの、分量・内容ともに普通の短編ミステリといって差し支えないものになっています*5。メールと日記を題材にした安楽椅子探偵ものですが、実はかなり実験的・挑戦的な作品で、単品としては本書でベストではないでしょうか。

 「第三話 サンクトゥス」は、文化祭の演劇という舞台に亜紀の語りということで、本書の中で最も楽しい一篇になっています。文化祭の前段階からして見どころ満載*6ですが、前衛的(?)な演劇の内容が愉快――と思っていると、消失から謎解きに至る過程(いわゆる(一応伏せ字)“あらため”(ここまで))がまた見ごたえあり。さらに、何とも忘れがたい真相*7はもちろんのこと、オチも鮮やかに決まっています。

 「第四話 その走り抜けた一瞬」は、シリーズ読者にはおなじみの駅伝大会が舞台。レース中の走者の消失といえば山田正紀『蜃気楼・13の殺人』くらいしか思い出せませんが、そちらよりも消失のタイミングがシビアで、その分現象が鮮やかになっています。豪快な(あるいは破れかぶれの)トリックも目を引きますが、消失の背景が次第に明らかになっていく展開が実にスリリング。そして結末も魅力的です。

 「第五話 わたしがあの人を殺した」から「最終話 わたしがいなくなった世界に」では、いよいよ“本筋”として、「プロローグ」の“対話”で匂わされている事件と、それまでたびたび出現してきた告発のメッセージが絡み合って、物語が進んでいきます。先に書いておくと、インパクトという点では前作に及びません*8が、そもそも本書は“一撃の破壊力”で勝負するタイプの作品ではなく、段階を踏んで重層的・複合的な真相を解き明かしていく形になっており、春菜や海王さんだけでなく主要登場人物が協力して謎解きに臨む展開――これもまた成長の表れでしょう――にふさわしいといえます。

 はたして、謎解きが本格的になると大小様々なサプライズの連打が始まり、それが続いたまま物語がクライマックスに突入したかと思えば、それ自体もまた意外な形で決着を迎えるのが圧巻。伏線を重視する作者らしく、細かいところまで入念に組み立てられた作品であることがわかりますし、同時に、登場人物一人一人をしっかりと温かく描いてあるのも作者らしいところ*9で、前作とは味わいが違うものの、やはり満足のいく傑作です。

*1: 収録された「発音されない文字」を読んでおいた方が、よりわかりやすくなる部分があります。
*2: どちらかといえば、刊行順に『刹那の夏』から読む方がいいのではないかと思われます。
*3: 「『坂道の上の海』七河迦南|日常の謎|webメフィスト|講談社文芸第三出版部|講談社BOOK倶楽部」によれば、“好きなテーマの一つが「人間消失」”とのことで、これまでの作品では、『七つの海を照らす星』「夏期転住」『アルバトロスは羽ばたかない』「夏の少年たち」が消失テーマになっています。
*4: 当然ながら、作者もその作品を意識しているのは間違いないでしょう。
*5: 「幕間II」「幕間III」は、まさに“幕間”というべき内容です。
*6: ある人物(たち)の登場にもニヤリとさせられます。
*7: ある意味でものすごい伏線(!)がまた効果的です。
*8: 実のところ、『アルバトロスは羽ばたかない』の衝撃に比肩し得る作品がどれだけあるのか、という話ではありますが……。
*9: 風雲急を告げるクライマックスにあってもなお、その場にいる全員を(少しずつでも)描写してあるところに驚嘆しました。

2025.11.24読了  [七河迦南]
【関連】 『七つの海を照らす星』 『アルバトロスは羽ばたかない』