幾歴辛酸志始堅, 丈夫玉碎恥甎全。 一家遺事人知否, 不爲兒孫買美田。 |
幾たびか 辛酸を 歴(へ)て 志 始めて 堅く,
丈夫(ぢゃうふ)は 玉碎するも 甎全(せんぜん)を 恥づ。
一家の遺事 人 知るや 否や:
兒孫の 爲に 美田を 買はず。
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◎ 私感註釈
※西郷隆盛:文政十年(1827年)~明治十年(1877年)。明治維新の元勲。後、西南戦争を起こしたが、城山で自刃。薩摩の人。号して南洲。通称は吉之助。
※偶成:詩詞の題。たまたまできあがった、の意。
※幾歴辛酸志始堅:幾たびか辛い思いを歴て、志がやっと、堅いものとなった。 ・幾:いくたびか。何回か。 ・歴:経る。 ・辛酸:苦しみ。つらい思い。 ・始:やっと。はじめて。 ・堅:かたい。堅固である。
※丈夫玉碎恥甎全:立派な男子は、節義を守って死ぬことであって、つまらぬものとなって安全に生き残ることではない。 ・丈夫:〔ぢゃうふ:zhang4fu1〕一人前の男子。立派な男子。ますらお。 ・玉碎:節義を守って、功名を立てて死ぬこと。玉と砕ける。いさぎよく死ぬこと。「玉碎/瓦全」は『北齊書・元景安列傳』に「諸元帝室親近者多被誅戮。疏宗如景安之徒議欲請姓高氏,景皓云:『豈得棄本宗,逐他姓,大丈夫寧可玉碎,不能瓦全。』景安遂以此言白顯祖,乃收景皓誅之,家屬徙彭城。」とある。 ・恥:はじる。 ・甎全:なんらなすところがなく、無駄に生きていること。玉となることができず、つまらぬかわらとなって安全に残ること。「甎」の意はかわら。「瓦全」のこと。平仄の関係で「甎全」の方を使った。「甎」は○、「瓦」は●になる。現代の中国の諺にも“寧爲玉碎不爲瓦全”がある。(“寧爲”:むしろ…となるとも)なお、ここの「不爲」は〔bu4wei2〕と読むが、後出の「不爲兒孫買美田」での「不爲」は〔bu(2)wei4〕と読む。「爲」の品詞が異なるため。
※一家遺事人知否:我が家訓は、ほかの人は知っているかどうか。(それは) ・一家遺事:我が家訓。 ・人:ひと。他人。ここでは明瞭であるが、詩詞での「人」の意は他人のことなのか、自分のことなのか、幅広く表せる便利な語である。 ・否:ここでの用法は、文末に附き、疑問の助辞に似た働きをし、文を疑問文にする。
※不爲兒孫買美田:(それは、自己の)子孫のために立派な田畑を買わない(ということなのである)。男児たるものは、私利に走らず、公益に尽くすべきである。個人の福利を謀るべきではない。 ・不爲:…のため…ない。「爲」(…のために)〔ゐ;wei4●〕の否定形で、高適に『送兵到薊北』「積雪與天迥,屯軍連塞愁。誰知此行邁,不爲覓封侯。」とある。なお、「不爲」の「爲」(なす)は、〔ゐ;wei2○〕の用例が多く見られる。 ・兒孫:子孫。子と孫。「兒孫」として、「子孫」としないのは孤平を避けるため。「不爲兒孫」では「●●○○」となり、「不爲子孫」は「●●●○」となる。 ・買:買う。ここでは、個人の利益を得ることの意で使われている。 ・美田:立派な田畑。財産となるものの意で使われている。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「堅全田」で、平水韻下平一先。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●●○,(韻)
●○●●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成16.6.12 6.13完 平成25.7.21補 平成27.6. 4 |
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