當人王九十五代, 天下一亂而主不安。 此時東魚來呑四海, 日沒西天三百七十餘箇日。 西鳥來食東魚, 其後海内歸一三年。 如獼猴者掠天下三十餘年, 大凶變歸一元。 云云。 |
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『太平記』卷六「正成天王寺未來記披見ノ事」
人王 九十五代に 當って,
天下 一たび亂れ而 主 安からず。
此の時 東魚 來りて四海を 呑む,
日 西天に沒すること 三百七十餘箇日。
西鳥 來りて 東魚を 食す,
其の後ち 海内 一に歸すること 三年。
獼猴の 如き者 天下を 掠ること 三十餘年,
大凶變の 一元に歸す。
云云(=といへり)。
◎ 私感註釈 *****************
※天王寺未來記:楠木正成が四天王寺に詣った際に見た不思議な讖文。未来の預言書。聖徳太子のものとする。『太平記』卷六「正成天王寺未來記披見ノ事」にある。それに拠ると、「元弘二年(1332年:この歳、後醍醐天皇隠岐に配流さる。護良親王挙兵、楠木正成千早城に拠りて応ず。)八月四日に楠(木)正成が四天王寺に詣でた際、秘密の書き物を見せてもらった。それとは、聖徳太子が四天王寺を創建して仏法を弘めた後、持統天皇の代までの卜部家に伝える未来記のこととは別のものであって、四天王寺に秘かに伝えられたこのものは、持統天皇以降、末世代々の王業、天下の治乱を預言した金軸の秘密の未来記だった。書かれてある預言は、悉く当たっており、不可思議な讖文であった。楠木正成は、見せてもらったお礼に、黄金作りの太刀を一振与えた。」とある。『太平記』は十四世紀中葉、南北朝時代に小島法師によって書かれたというが、なかなかよくあたっていて面白い。『野馬台詩』(『野馬臺詩』)「東海姫氏國,百世代天工。右司爲輔翼,衡主建元功。初興治法事,終成祭祖宗。本枝周天壤,君臣定始終。谷填田孫走,魚膾生偵ト。葛後干戈動,中微子孫昌。白龍游失水,窘急寄故城。黄鷄代人食,K鼠喰牛腸。丹水流盡後,天命在三公。百王流畢竭,猿犬稱英雄。星流飛野外,鐘鼓喧國中。丘與赤土,茫茫遂爲空。」と同様の位置にあるのか。後世、江戸時代・篠崎小竹はこの部分に基づき『讀太平記』「元弘皇紐乱如麻,誰意忠良萃一家。輦下疾風無勁草,山中晩節有黄花。東魚西鳥天心應,前虎後狼人事差。當日摂河張陣地,空使志士憶褒斜。」を作った。
※當人王九十五代:(当時の皇統での)人皇九十五代めの後醍醐天皇の時に当たって。 ・當:あたる。相当する。 ・人王:〔にんわう;ren2wang2〕人皇。神代に対して、人代となってからの天皇。初代神武天皇以下、歴代の天皇のこと。『古事記』中巻以降の人皇の代の天皇。 ・九十五代:ここでは後醍醐天皇のことになる。現代の皇統では、九十五代めは花園天皇になるが、中世の皇統譜である『本朝皇胤紹運録』や『太平記』の記述に拠れば、後醍醐天皇になる。
※天下一亂而主不安:国中が乱れて、主上(天皇)は安らかでない。 ・天下:一国全体。国家。国中世界全部。天の下に広がるすべての空間。 ・一:ひとたび。 ・亂:乱れる。政治の秩序が乱れる。「治」の反対。 ・而:…て。 ・主:天皇。主上。『太平記』の記述に従えば、「先帝」。 ・不安:安らかでない。
※此時東魚來呑四海:この時、鎌倉幕府の執権・北条高時が国内を呑み込んでしまった。 ・此時:「天下一亂」の時。『太平記』「正成天王寺未來記披見ノ事」の記述に従えば、「是此時(楠木正成が天王寺に詣でた時=元弘二年(1332年:後醍醐天皇が隠岐に配流され、護良親王の挙兵、楠木正成が千早城に拠る時)なるべし」になる。 ・東魚:北条氏。『太平記』によれば「逆臣・相摸入道(鎌倉幕府十四代執権・北条高時のこと。相模守となり、やがて出家したところからの称。)の一類なるべし。」になる。 ・來呑:(…がやってきて)併呑してしまった。「來」は、趨勢を表す補助動詞。 ・四海:天下。国内。世の中。世界。四方の海。
※日沒西天三百七十餘箇日:日の御子・後醍醐天皇が、一年ばかり、隠岐の国へ遷される。 ・日沒西天:日(の御子)が西(国)に落ちてゆく。『太平記』の記述に従えば、「先帝・後醍醐天皇が隠岐の国へ遷されること」になる。 ・三百七十餘箇日:一年余。一年は旧暦では三百六十日になる。『太平記』の記述に従えば、「明年(元弘三年:1333年)の春の頃、後醍醐天皇が隠岐の国よりの還幸がなって、再び帝位に即かれること」になる。楠木正成が天王寺でこの不可思議な讖文を見たのは、元弘二年(1332年)の秋八月四日のことになる。
※西鳥來食東魚:関西の人物が、関東の鎌倉幕府を滅しにやって来る。 *関西の人物で、関東(鎌倉幕府)を滅す人がある。 ・西鳥:日本の西の方の鳥。河内の楠木正成のことになる。 *楠木正成は、この預言のここの部分で奮い立ったのか。 ・來食:…を滅ぼしにやってくる。
※其後海内歸一三年:その後、(建武の中興で、)三年間国内が統一された。 ・其後:その後。≒之後。≒然後。 ・海内:〔かいだい;hai3nei4●●〕国内。世界。天下。四海の内。 ・歸一:〔きいつ;gui1yi1○●〕分かれているものが、一つにまとまること。同じ所に帰着すること。 ・三年:建武の中興の期間。建武元年(1334年)〜建武三年(1336年)。
※如獼猴者掠天下三十餘年:サルのような者が天下を三十余年に亘ってかすめとり。 ・如:…のような。 ・獼猴:〔みこう;mi2hou2○○〕オナガザルの類。アカゲザル。 ・如獼猴者:・獼猴:(みこう=アカゲザルのような者。足利尊氏のことになるか。 ・掠:うばいとる。かすめとる。 ・三十餘年:足利尊氏が征夷大将軍となって以降の歳月。
※大凶變歸一元:三種の神器が後亀山天皇から後小松天皇に渡されて、南朝の滅亡という形をとって、北朝系後小松天皇の応永に一元化された。元中九年=明徳三年(1392年)の南北朝の合一を指す。 *聖徳太子に仮託された未来記の特徴として、終末論的な帰結になっている。 ・大凶變:極めて悪いできごと。極めて不吉な異変。 ・歸:…に帰着する。(結局ある一つのところ)に落ち着く。(最後にはそこへ)寄り集まってくる。 ・一元:一つの朝廷の下、同一の元号を用いる。一つの年号。同一の根元。
※云云:〔うんぬん;yun2yun2○○〕…という話である。…ということである。…といへり。…てへり。間接法の形で結ぶことば。伝聞、引用を表す。 *変体漢文で、引用文を記す時に用いる。
◎ 構成について
韻文ではないようだ。平仄は、次の通り。
○○○●●●●,
○●●●○●●○。
●○○○○○●●,
●●○○○●○●●。
○●○●○○,
○●●●○●○○。
○○○●●○●○●○○,
○○●○●○。
平成16.10.31 11. 1 11. 2 11. 3完 11. 8補 平成22. 9. 5 |
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