海外萬國布如星, 覬覦切奪他政刑。 廟堂曾無防邊策, 爲説海防濟生靈。 |
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無題
海外 萬國 布(し)くこと 星の如く,
覬覦(きゆ)す 他の政刑を 切奪するを。
廟堂 曾(かつ)て 防邊の策 無く,
爲に 海防を 説きて 生靈を 濟(すく)はん。
◎ 私感註釈 *****************
※林子平:江戸時代中期の経世家。元文三年(1738年)〜寛政五年(1793年)江戸の人。名は友直。字は子平。号は六無斎。海外事情に通暁し、海防の重要性を説き、『海国兵談』『三国通覧』を表す。ために罪に問われた。江戸、仙台で活躍する。
※無題:無題。憚ることがあっての無題。李商隱の『無題』とは大きく異なる。後世、江戸・頼杏坪は『思林子平事』で「北夷消息近如何,聞道戎王詐力多。取酒誰澆子平墓,世間空唱六無歌。」と詠い、〜明治・伊藤博文は『林子平墓前作』で「昇平三百年,擧世高枕眠。海内幾多士,君獨着先鞭。日本橋頭水,遠連龍屯天。邊防豈可忽,牢艦非漁船。精神凛如見,格言千古傳。我來弔墳墓,懷古涙潸然。」と、その先見の明を詠う。
※海外萬國布如星:海外には多くの国があって、星のように並び広がっていて(それらの国々は)。 ・海外:国外。 ・萬國:極めて多くの国々。具体的には西洋列強を指す。『三国通覧』の「三国」(朝鮮・琉球・蝦夷)のことではない。 ・布:しく。ならぶ。拡げる。 ・如星:星のように(多い)。
※覬覦切奪他政刑:他(の国)の統治(権)を窃取して(殖民地化)しようと、分に過ぎた望みを持っている。他国を侵掠しようという野望を持っている。 ・覬覦:〔きゆ;ji4yu2●○〕身分にはずれたことをうかがい望む。下の者が分に過ぎた上のことを望む。野望を持つ。望む。 ・切奪:切り取って奪う。伝統的に「しきりに奪ふ」と読む。しかし、「切」には「切讓」のように「しきりに、深く」の意はあるものの、ここは「切取」「切剥」「切割」の意で、秋瑾でいえば「瓜分」(『柬徐寄塵』「祖國淪亡已若斯,家庭苦戀太情癡。只愁轉眼瓜分慘,百首空成花蕊詞。」)ではないのか。ここは、年表からみて、また彼の『海国兵談』の内容からみて、ロシアの対日侵出の一連の行動のことになる。
・他:他国。よそ。 ・政刑:政治と刑罰。現代風に謂えば統治(権)か政治体制か。国家をいう。
明和八年
(1771年)ベニョフスキー阿波・奄美大島に漂着、ロシアの対日侵寇を警告する。 安永七年
(1778年)ロシア船が蝦夷地圧岸に来航、通商を求める。 天明六年
(1786年)ロシア人、千島に来る。 『海国兵談』を著す。 寛政三年
(1791年)『海国兵談』を出版す。 寛政四年(1792年) ロシア使ラクスマン光太夫を伴い、根室に来り通商を請う。
幕府、林子平に蟄居を命じ、『海国兵談』を絶版とする。
※廟堂曾無防邊策:(我が国の)政府は、今までに辺疆防備の政策を(施したことが)なく。 ・廟堂:〔べうだう;miao4tang2●○〕政府。朝廷。天下の大政を司(つかさど)るところ。 ・曾無:今まで全然…ない。 ・防邊策:辺疆防備の政策。
※爲説海防濟生靈:そのために、(わたしが)国防を説いて、国民を救うことをするのだ。「爲説海防濟生靈」の句の構成では、「爲説」は「海防」に係るだけではなく、「海防濟生靈」全体に係る。 ・爲:〔ゐ;wei4●〕そのために。去声。 ・説:説(と)く。言う。主張する。『海国兵談』『三国通覧』を表したことを指す。 ・海防:辺疆防備。国防。国の護り。林子平は、我が国を以て「海國」と表現している。ここでの「海」は漢語の「邊疆」に該るか。結果として『海国兵談』『三国通覧』の表した事を指す。 ・濟:すくう。「経世済民」の「済」の意。 ・生靈:民衆。生民。生命。(生きている)人の霊魂。あえて「靈」字を使うのは、韻脚ででもあるため。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「星刑靈」で、平水韻下平九青。次の平仄は、この作品のもの。
●●●●●○○,(韻)
○○●●○●○。(韻)
●○○○●○●,
●●●●●○○。(韻)
平成17.6. 5 6. 6完 平成25.4.29補 7.12 |
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